ep.Ⅳ-5

「やめろーっ」


 次の瞬間、エヴォルグは走っていた。本と白墨を放り投げて。

 どうしてなのか自分でもわからない。

 ただ体が、走れ、と叫んでいた。


 石畳に落ちていた剣を拾い上げては少女の前に滑り込むと、突き刺そうとする男の剣を無我夢中で叩き折った。

 不意打ちを受けてうろたえる男。

 その顔をめがけて、エヴォルグは強引に蹴飛ばした。

 仲間を倒されて怒りを抱いた側近の一人が、エヴォルグに向けて剣を振るう。


「させないっ」


 少女は槍を振り回し、男を殴って気絶させた。


「召喚師のくせに、その力はなんなのだっ」


 残った一人が、震える手で剣を構えていた。


「オレは勇者エミの息子、エヴォルグだーっ」


 剣を握りながら駆け出し、男に向かって下からすくい上げるように斬りかかる。


 互いの剣と剣がぶつかり合った瞬間。

 エヴォルグの背後から少女が、男の頭めがけて槍を振り下ろす。

 脳天に直撃を受けた男は、うめき声をあげながら膝をつき、前のめりに倒れた。


「残るは国王のおじさん、だけだね」


 少女は視線を向ける。

 膝を震わせている国王へと、ゆっくり近づいていく。


「あなたたちは戦える力を持っている。勇者召喚に頼らず、自国を守るために自分で戦いなさいよ」


「異世界から来た勇者には、危機に瀕している王国の内情がまるで見えていない。だから、甘いことがいえる。わが王国人口の半数は老人。さらに女や子どもを差し引けば、戦える兵士の数は他国にくらべて圧倒的に少ないのが現状なのだ。大軍に攻め込まれたらひとたまりもない。あなたは、老人に戦えというのか?」


 国王は後ずさりをはじめていた。


「自分たちが住んでいる国が助けを求めているのなら、老人でいる贅沢は許されない。一度失ってしまった若さを、もう一度必要としているのでしょ」


「若さなんて、シワと失望の谷間に飲まれて消えてしまっている」


「嘘だっ」


 突然の少女の叫びに圧倒され、国王はよろけて腰を落とした。


「夢を持っていながら見ないふりをしているから、若さが隠れてしまっているだけ。いまこそ、若さをみつけるときだよ」


「若さをみつける、だと」


「あなたたちには『王国存亡の危機を打倒する夢』がある」


「途方もない夢だ。我々だけでは無理、不可能だ。無理難題にどう戦えというのだ」


「愛しさと情熱をもって、乗り越えればいい」


 悲しみと絶望によどんでいた国王の目に、輝きが戻りかける。


「そういうのを、小娘の世迷い言というのだ。気持ちで勝てるほど、現実の戦争は甘くはない」


 少女は微笑むと、手に持っていた槍を突き出した。

 切っ先が国王の頬をかすめる。


「ひ、ひぃいい……」


「エロいことばかり考えて、できないことを数えるのはやめなさい。いつだって、やりたい気持ちからはじまる。かつて抱いていた夢を思い出し、自分の心に正直になればいいよ」


「わ、わかった。そうするよ……」


 弱々しい声を上げながら腰を抜かす国王に背を向けて、少女はエヴォルグに向かって歩き出す。

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