ep.Ⅳ-4

「国王、ね」


 少女は鼻から息を吐いた。

 腰に手を当て、じっと正面の先にいる国王を見ている。


「よその世界の人間を拉致り、自分たちの代わりに戦わせる考えが気に入らない。自分の国は自分たちで守りなさいよ」


 国王は、ゆっくりと手を叩き出した。


「さすがは異世界の勇者さま。気高く、勇ましい。実にご立派なお考えをお持ちです。勇者さまの生まれた国は、血塗られた戦鬼として生き抜く修羅の道を選んだ、傭兵王国やもしれませんね」

「他国の脅威に囲まれながら、検討という名の先送りをして、決断できないことを良しとする呑気な国かもしれないよ」


 少女は鼻で笑う。


「それだけの戯言を口にする度胸と美貌をお持ちなのだ。わが寝所にて、朝までゆっくり語ってもらいたい。めくるめく悦楽を味わいながら寵愛を受け、ゆくゆくは身籠っていただこうと考えております」


 少女は目を細める。


「なにいってるのかよくわからないけど、エロボケジジイってことだけは、よーく、わかった」

「無礼なっ」


 国王は細い目をぐわっと開き、両の拳を握って怒鳴った。


「第一〇一代国王であるわしを、エロボケジジイと抜かすとは。これだから外世界から来た無知者は愚かなのだ。年長者を敬う心すら持っておらぬとは。今度の勇者には、手荒いしつけが必要のようだな」


 胸を張って身構える少女をにらみつけた国王は、隣に立つ側近の男に視線を向ける。


「無知が抵抗するのは当たり前。だからといって捨て置けば、駄々をこねれば許されると勘違いされてしまう。勇者の力が完全に目覚めていない今のうちに主従を教えてやれ。しつけは最初が肝心。ただし、やりすぎるなよ。多少の抵抗がなくては後で楽しめん」


「かしこまりました。いつものように懲らしめてやります」


 側近の男は「取り押さえろっ」と、十人の近衛兵に命令を下した。

 すぐさま、剣や槍を構えて取り囲んでいく。


 少女はぐるりと見渡した。近衛兵たちが一斉に槍を突き出してきた瞬間、後方に宙返りするように夜空へ高く飛び上がる。同時に強風が巻き起こり、近衛兵たちを吹き飛ばした。


 着地と同時に落ちていた槍を手にする少女。迫りくる近衛兵たちを前に振り回し、吹き荒れる風とともに次々となぎ倒していく。


「いまのうちに魔法陣をっ」


 少女の声に、エヴォルグはその場にしゃがんだ。

 肩から下げているカバンからワリタボリ技法書と白墨を取りだすと、月明かりを頼りに大きな円を描いていく。

 どうせ描くなら、新たに勇者召喚をして助けを求めるのはどうだろう。いくら勇者さまでも、大勢相手に一人では勝ち目がないかもしれない。

 エヴォルグは顔をあげる。

 十人の近衛兵を倒した少女が、剣を構える三人の側近たちに囲まれていた。


「我らは近衛兵とは違い、勇者の血を受け継いでいる。勇者の力には及ばないにしても、我らも特別な力を持っているのだ」


 少女を切りつけようと、三人は同時に飛びかかる。

 一歩、また一歩と後退りする少女。

 槍を振り回して受けながしていくも、連携の取れた三人の剣技の前に押されていく。

 しかも、男たちが持つ剣に炎がほとばしっていく。

 三人の男たちは、火魔法の使い手だ。

 風魔法をつかう少女とは相性が悪い相手。

 はやくなんとかしなければ、殺されてしまう。


 エヴォルグは焦った。

 だからといって、勇者召喚の魔法陣に書き込む記号は細かいため、手間がかかる。反転させて描くならなおさらだ。

 振り下ろされてきた二人の燃える剣を、少女は両足を踏ん張っては槍を横にして突き上げ、受け止めた。

 エヴォルグの白墨を握る手が震える。


「やるな。だが、動けまいっ」


 残り一人の男が、少女の胴を狙うために剣を構え、踏み込もうとした。

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