ep.Ⅳ-3

「屋上に展望台って、ある?」


 窓から身を乗り出す少女をみて、危ないと声をかけそうになる。


「あると思います。実際に屋上に上がったことはないけど」

「あるなら、魔法陣も描けるよね」

「たぶん。でも」


 エヴォルグも、恐る恐るテーブルの上に乗った。


「どうやって屋上に行くんですか」


 少女と一緒に、窓から顔を出して見上げる。

 壁をよじ登るにしても、屋上まではだいぶ高さがあった。


「勇者は身体能力がずば抜けてるし、特別な力があるんでしょ。風魔法を使って、エヴォルグを抱えながら屋上までジャンプする」


「ジャンプ? まさか、飛び上がるんじゃないですよね」


「わかってるじゃないの。さっさと、わたしにしがみつきなさい」


「え、しがみつくって……」


 エヴォルグは改めて少女を見た。

 いくら勇者さまでも、相手は美人できれいな女の子。

 しかも、ブレザーの前を閉じられないほど大きく、胸の段差の上にネクタイが乗っている。恥ずかしくて、しがみつくなんてできなかった。


「照れてないで、時間を無駄にしないの。腰にしっかり腕を回しなさいっ」

「……う、うん。わかったよ」


 いわれたとおりにエヴォルグは、腰に腕を伸ばす。だからといって密着できず、遠慮して腰が引けてしまう。


「もっとくっつかないと、落としちゃうよ」


 少女にギュッと抱き寄せられる。

 もにゅっとした柔らかさと張りが、エヴォルグの顔いっぱいに伝わってくる。花のようなかぐわしい香りに包まれながら、どくんどくんとはやい鼓動が響いてくる。しがみつくほど気持ちよく、思わず力が抜けてしまいそうだった。


「いくよっ。とおぉーっ」


 少女の掛け声にあわせて、エヴォルグは窓枠に足をかけて踏み出した。

 巻き起こった風に包まれて、垂直に飛び上がった。想像以上の跳躍力で、ぐんぐん夜空へと舞い上がっていく。一瞬ふわっと体が軽くなる。次の瞬間、一気に降下。落ちる恐怖からギュッと目をつむる。

 目を開けたときには王宮の屋上に着地していた。


「わぁ、庭がある」


 少女から離れて、エヴォルグは辺りを見渡した。

 屋上の中心には草木が生える庭園が設けられ、一周ぐるりと回れる広い石畳でできた回廊がある。


「描けそう?」

「回廊の幅は広いので、大丈夫です」


 エヴォルグが明るく答えたときだ。


「どちらへ行かれるおつもりですか、異世界の勇者さま」


 聞きおぼえのある声がして、二人は振り返る。

 満月の明かりのもと、屋上へと通じる階段の出入り口を背に、キシダメヌス国王を中心に三人の側近、剣や槍を持った十人の衛兵が横一列に整列していた。


「とってもきれいな満月だから、部屋で見るのはもったいないと思ってね」


 少女は、エヴォルグをかばって前に立つ。


「勇者さまのおっしゃるとおり、たしかに。今宵の月は二つとない、見事な満月です。異世界の勇者であるあなたも、かけがえのない存在。ゾーゼ王国にとって失う訳にはいかないのです」


 国王が、一歩前に出る。


「わたしたちが屋上に来るって、どうしてわかったの?」


「警備を厳重にしている王宮からお逃げになるのなら、手薄な屋上庭園を目指すと予想しました。召喚師を気にかけていましたので、もしや外へ抜け出そうと企んでいるのではと思い、備えていたまでのこと。用心深くなければ、国王は務まりません」

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