ep.Ⅳ-2

「さっそく、この部屋に反転させた勇者召喚の魔方陣を描いてよ」

「この部屋にですか?」


 エヴォルグは室内を見渡した。


「ベッドとテーブルが邪魔だし、ちょっと狭いです。小さい魔方陣では、細かな記号が描きづらいから、失敗するかもしれません」

「だったら、召喚したあの部屋へ行こう」


 少女は自身のカバンを背負うと、扉へと歩き出す。


「いまから?」

「夜なら王宮の連中も寝てるし、邪魔されないって」


 もっともだとエヴォルグはうなずき、ワリタボリ技法書と食べかけのチョコをカバンに入れて、少女の後に続いた。


「あれ? 開かないっ」

「どうしました?」


 少女がドアノブを握って押したり引いたりしても、ドアはまったく動かなかった。


「まさかオートロック? 部屋に入って鍵がかかるなんて、どうなってるの?」

「たぶん、逃げられないようにしているんだ」


 エヴォルグは少女の背に声をかける。


「勇者さまを召喚したのは、敵軍の侵攻を阻止するためですから。逃げられては王国存亡の危機なので」


「そうかもしれないけど、わたしにだって都合があるのっ。こうなったら勇者の力で、ドアなんて一蹴してあげる」


 とおりゃぁー、と掛け声をあげて、左脚を軸に回し蹴りをくり出した。

 ドアに直撃するも、


「痛たたたたっ」

 ぶつけた足を抱えてその場で飛び跳ねる。

「なんて頑丈な扉なのっ」


「……変です」

 エヴォルグは、倒れそうになる少女の体を支えた。

「あの国王が『欲しても手にできない身体能力や特別な力を備えておられる』と話していたとおり、勇者さまには特別な力があるはず。鍵がかかっている扉ぐらい、簡単に壊せるはずなのに」


「王宮のドアって頑丈に作られてるのかな」

「わかりません。そもそもこの部屋は、勇者さまのための部屋……ひょっとしたら」


 思いつくとエヴォルグは、足元の絨毯を思い切ってめくり上げた。


「やっぱり、そうだ」

「なになに、なんなの?」

「見てください、絨毯の下を」


 エヴォルグは月明かりで照らされた床を、少女に見せた。


「幾何学模様みたいな……これって魔法陣?」


「おそらく、能力封じの魔法陣だと思います。召喚師なので他の魔法陣にはくわしくないですが、勇者さまの特別な力を使えなくしてるんだと思います」


「あの国王のおじさんなら、やりそうね」

 少女は腰に手を当てながら鼻で息を吐き、

「そっちがその気なら」


 少女は振り返って、窓辺へと歩き出した。

 エヴォルグもついていき、一緒に外を見る。

 自分たちのいる部屋は建物の上階にあり、見下ろすと、中庭のあちらこちらに警護をしている人影が見えた。


「下は無理。となれば、上にしよう」


 窓際のテーブルの上に登った少女は、窓を全開にした。

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