conclusion あなたの甘くて苦い物語

ep.Ⅳ-1

「食べかけのチョコレートよ、勇者さまの前へ届き給え」


 窓際のテーブルに描いた魔法陣に両手をついて、エヴォルグは唱える。

 召喚するときと同じく魔法陣は青白く光りだす。中央の陣に置かれていたチョコレートがテーブルに沈んでいくように小さくなり、光とともに消えた。


「エヴォルグ、成功だよ」


 ベッドに座る少女が、右手を大きく振っている。

 その手には間違いなく、先ほどまでテーブルの上に置かれていた、食べかけのチョコレートが握られていた。

 いままで召喚しかできなかったのに、こんなにも簡単に送ることができるなんて。事実を前にしても、エヴォルグは信じられない気持ちでいっぱいだった。


「すごいじゃないの」

 慌てて革靴を履きながら、少女がエヴォルグの側にやってくる。

「勇者さまのおかげです」


 後ろを振り向くと、うれしそうな顔の少女が両手を広げて抱き着いてきた。むにゅうっと密着させては摺りよってくる。

 くっついて喜ぶのは、勇者の世界では当たり前なのだろうか。

 抱きしめられながらエヴォルグは、べつの質問を投げかける。


「母さんは気づいたのに、どうして試さなかったんだろう」

「試せなかったのかもね」

「勇者の魔法がつかえたのに、どうしてですか?」

「んー、それは……たぶん、スマホを持っていないときに召喚されちゃったんだよ。出現する魔法陣は一瞬だから」

「スマホーは、魔道具なんですね」


 いまの自分がワリタボリ技法書をなくしたらと想像すると、エヴォルグはなんだか心細くなった。本がなくても召喚できるよう、内容をすべて頭に叩き込もうと胸の中で誓った。


「魔法陣をみたとき、電子回路図に似てるって思ったんだよね」

「デンシカイロズ?」


 少女の生暖かい息が耳にかかる。首の後ろあたりがぞくぞくっと震えて、エヴォルグは自然と肩に力が入った。


「夏休みの自由研究で、お父さんと一緒に電子工作キットのインターホンやトランシーバーを作ったことがあってね。ダイナミック型のマイクとスピーカーなら基本構造が同じで可能だけど」


 異世界からきた少女が話す内容は、エヴォルグには相変わらず難しくて理解できなかった。それでも一つだけ、確かなことがある。


「もし、召喚につかわれている魔法陣が拡声器の電子回路図みたいな構造だった場合、マイクをスピーカーに使う方法で本当に戻れるのか不安だった。ささやく程度の音量だから、電力あげたらすぐ壊れる。インピーダンスがかなり違うからね。でも、召喚の仕組みは、もっとシンプルでよかった」


 彼女がいたから、元の世界へ戻せる方法を思いつけたのだ。


「元の世界へ送るには、鏡に映るみたいに勇者召喚の魔方陣を反転させて描けばよかったんだ」

「でも、本当に元の世界に戻れるのかな」


 エヴォルグはテーブルに描いた魔方陣を見つめる。


「さっきはどうやったの?」


「食べかけのチョコレートを勇者さまの手元に届くよう、念じながらです」


「正しく発動させるには、魔力だけでなく、術者の具体的な強い思念が必要なのね。だったら、わたしが元いた場所に戻りますようにと強く念じたら、上手くいくよ」


「……うん、そうですね」


 少女の助言を聞いていると、エヴォルグはできる気がしてきた。信じる以外、他に方法は思いつかない。そもそも成功したかどうかは、送る側の自分には確かめようがないのだから。

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