ep.Ⅲ-4

「うわっ、黒ぐろしてる。書き損じて塗りつぶしたところもあるけど、たしかに日本語だ。……この本、なんなの?」


「召喚魔法の本です。なくなった父から譲り受けた、ワリタボリ技法書といいます。父さんは、召喚師として王宮に仕えていたんです」


「お父さんも……そっか。きみにとってその本は、形見なんだね。じゃあ、お父さんもわたしと同じニホン人だったの?」


「ニホン人? わかりません。ただ、母さんは勇者だったそうです」

「そうなの?」


 少女は、まぶたをいっぱいに開いて顔を突き出した。


「父が教えてくれました。元の世界に帰そうとしてたらしいですけど、無理だったって」


 エヴォルグが答えたとき、また耳がおかしくなった。

 詰まったような感覚がして、また遮られてしまった。

 少女は小さくうなずき、


「聞こえなかったけど、たぶんダメだったんだね」

 とつぶやいた。

「その本、貸してくれる?」

「わかりました」


 エヴォルグが差し出すと、少女はカバンから平たくて細長い板状のものを取りだした。


「チョコレート?」

「これはスマホ」

「スマホー……って、勇者さまの魔法ですか?」

「んー、そんな感じ。説明は面倒だから省くね」


 技法書の上にスマホを掲げると一瞬、光が放たれた。


「いまのは?」

「フラッシュ。明るくないと写りが悪いでしょ」

「あの、魔法でどうするんです?」

「さすがに字が細かすぎ。拡大して読んでみる。きみだって、お母さんがなにを書き残したのか知りたくない?」

「この文字、母さんが書いたんですか?」


 エヴォルグは思わず大きな声が出た。


「可能性は高いと思うよ」


 少女がスマホ画面を指でなぞると、写し取られたページの文字が、大きくなっていた。


「じゃあ読むよ。『ヴォルムは良くしてくれる。でも帰る方法はみつからない。神々の力は学び得た者でなく、聖地を守る契約の証。選ばれた者のみが継承し、役目を果たす。他者による再現はできない。不条理な世界にあって、魔法陣に法則性がみられる。幾通りの組み合わせを試してみるも、未だ成功しない。いつになったら戻れるのだろう』召喚されたわたしに聞かせたくない話って、帰れないことなんだ。やっぱり」


 少女は息を吐いた。

 エヴォルグには、ところどころ聞き取れない部分があった。

 だからこそ、召喚された勇者は元の世界に戻れない、と彼女が知ったに違いないと思えた。


「ヴォルムって誰だろう」


「父です」


「お父さんの名前なんだ。つづきを読むね。『これまで召喚された勇者たちが戻った記録はない。戦死か病死、長く生きたものはいなかった。王国民の半数が勇者を祖先に持つという。生きる支えに息子を授かる。わたし笑美とヴォルムからそれぞれ取って、エヴォルグと名付けた。召喚師は親から子へと引き継がれる。息子に同じ苦しみを残さないため、魔法陣に描かれた法則性を解き明かし、送り返す方法をみつけたい』きみの名前は、両親から名前をもらってつけられたんだ。知ってた?」


 エヴォルグは首を横に振った。

「初めて聞きました」


「召喚師のお父さんと勇者のお母さん。きみは、両親から愛されていたんだね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る