ep.Ⅲ-3

「見るのは初めてだよね。わたしが開けてあげる」


 エヴォルグの手元で、少女は箱を開く。中から、焦げた木炭に似た黒っぽい板状のものが出てきた。


「食べるのも初めて? こっちの世界にはチョコレートはないの?」

「チョコレート……ですか。少なくとも、オレははじめて聞きました。食べ物ですか?」

「うん。わたしの好きな食べ物の一つだよ」


 エヴォルグは、さっそくかじってみる。

 まず香りが入り込んでくる。カリッとした感触。甘さはなく、ほんのり苦みと酸味がまざっている。なのに口の中で、とろりと柔らかく溶けていくほど、甘みを感じていく。飲み込んだ口の中には、不思議なおいしさだけが残っていた。


「甘くて苦くて、癖になるおいしさですね」

「でしょでしょ。気に入ってくれてよかったー」


 少女はニコリと微笑んだ。


「わたし、きみに聞きたいことがあったんだ。だからおじさんたちに頼んで、部屋に連れてきてもらったの」


「オレに聞きたいことって、なんですか」


「国王のおじさんが話していたとき、きみは『嘘だ』って叫んだでしょ。あれって、どういう意味?」


「あの国王は、『勇者さまが暮らしていた元の世界へと帰られるよう、務めさせていただく考えです』と話してたけど、元の世界に帰せないんです」


 エヴォルグが答えたとき、耳が一瞬おかしくなった。

 詰まったような、籠もったような妙な感覚。


「いま、なんていったの? 急に変な言葉でしゃべったでしょ」


 やっぱりそうだ。

 少女の言葉で確信に変わった。


「王宮内では、都合の悪い話は翻訳されないようです」


「え、そうなの?」


「父から聞いたことがあります。それどころか、声を出せなくなる魔法が仕込まれているみたいです。だからオレはあのとき、倒れたんだと思います」


 少女は大きな胸を持ち上げるように腕を組み、

「なるほどね」

 と息を吐く。


「わたしの部屋にきみを連れてくるよう国王のおじさんに頼んでも嫌がらなかったのは、都合の悪い話はできないってわかっていたからなんだ。つまり、召喚されたわたしに聞かせたくない話があるのね。しかも、知りたがっている疑問と一致してる……」


 腕を組みながら首を傾げる少女。

 エヴォルグは、チョコを食べながらうなずく。


「だったら筆談……は無理か。たぶん、字も読めないよね」


 チョコレートの入っていた包みの箱を手に取った少女は、エヴォルグの顔に突き出す。


「読める? チョコレートの成分表示が書いてあるんだけど」


 はじめて見る文字だった。

 エヴォルグは首を横に振ろうとして、待てよと首をかしげる。


「ひょっとして」


 肩から下げるカバンから、古ぼけた羊皮紙をまとめたワリタボリ技法書を手にすると、後ろのページを開いて少女に見せた。


「オレは読めないけど、ここに書かれている字に似てる気がします」


 ページには、細かな文字でびっしりと横書きされていた。

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