ep.Ⅲ-2

 汚してはならないと少女から離れ、目をこすりながら辺りを見渡した。

 窓から差し込む満月の光のおかげで、召喚を行った場所とは違う、手狭な部屋にいることがわかった。


 窓辺には丸い木製のテーブルと座や背にクッションのついた椅子が置かれ、二人が乗っても広いベッドの上に座っている。床には、咲き乱れる花や鳥たちが描かれた絨毯が敷かれてあった。


「本当に異世界なんだね」

 少女は窓を指さす。

「おっきな満月。わたしの世界にも月はあるけど、数倍大きい。夜にしては明るいよね」


「満ちれば大きく、欠ければ小さくなっていきます」

 小さな子どもでも知る月の満ち欠けを伝えると、


「そこは一緒なんだ。こっちの世界の月も、楕円軌道を描きながら公転してるのかも。大きいってことは、月から受ける引力が強いはず。進化のスピードもはやいだろうし、地震や火山も多く、潮の高さもかなりあるかも」


 エヴォルグには難しい話を、少女はさらりと口にした。


「能力だけでなく知識もすごいなんて、さすがは勇者さまですね」

「え? これくらい大したことないよ」


 えへへ、と少女は照れたように笑った。


「ところで、ここはどこなんですか」

「勇者であるわたしのために用意された部屋だって。この部屋もそうだけど、食事もすごかった。あのおじさん、本当に国王だったんだね」


 食事と聞いて、エヴォルグはおなかがすいているのに気がついた。

 勇者召喚を行ったこともあり、いつも以上に空腹だ。

 なにか食べ物はないかと、肩から下げているカバンを開けて覗いてみる。食べられるものは、干からびたチーズのかけらしか入っていなかった。

 口の中に放り込んだが想像以上に固く、なかなか噛み砕けない。


「あ、そっか。そうだよね。ずっと寝てたからおなかすいてるよね。ごめん、気が利かなくて。こんなことなら、きみの分も用意してもらってこればよかった」

「大丈夫です」


 ようやく噛み砕いたチーズを、エヴォルグは飲み込む。


「でも、どうして勇者さまの部屋にオレがいるんですか」

「ちょっと待ってね」


 少女はベッドを下りると、窓際のテーブルへ向かった。

 椅子の上に置かれていた彼女のカバンを手にして、エヴォルグのもとに戻ってきた。


「空腹時のカロリー摂取のため、持ち歩いている非常食があったはず」

 少女はカバンをまさぐり、見慣れない大きさや厚さの本を取りだしていく。

「どこに入れたんだったかな……あ、あったあった」


 ようやく見つけ、エヴォルグに差し出した。

 見るからに平ぺったく、横長の板みたいなものだった。


「ぜんぶ食べていいから」


 受け取ったエヴォルグは匂いを嗅いでみた。

 どことなく香辛料のような独特な香りがする。ただ、どうしても食べ物には見えなかった。勇者が暮らす世界とこちらの世界とでは、食べ物が違っても不思議ではない。

 エヴォルグは思い切って、かじりつこうと口を開けた。


「あー、ちょっと待って。そのまま食べないでよ。ちゃんと箱をあけて、中身だけ食べてね」

「箱、ですか。なるほど」


 板に見えたのは、箱に包まれていたからなのか。

 納得するも、どうやって開ければいいのかわからなかった。

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