ep.Ⅱ-2
肩にかけていたカバンから薄汚れた羊皮紙を束ねた本と白墨を取り出すと、部屋の中央へと進み出ては膝をつく。
儀式用の石畳を手でさわってみる。
滑らかで段差もない。
魔法陣を描くには書きやすかった。
父から譲り受けたワリタボリ技法書をめくり、依頼された召喚を行うべく、床に円形の魔法陣を描いていく。
自分は王国唯一の召喚師になった。本当は、父の病気をなんとかしてあげたかった。跡を継いだだけの自分が、王国民五千万の命を守る? 勇者を呼び出すのさえ初めてなのに。そんな大役、背負いきれるわけがない。
無理やり異世界から勇者を呼び寄せ、知らない国の窮地を救わせるために戦わせるなんて。母さんは、どんな気持ちで戦ったのだろう。異世界に連れてこられなければ、病気で亡くなることもなかったはず。
勇者にだって都合があるはず。こちらの都合で勝手に呼び出された挙げ句、知らない国を守るために戦ってくれるお人好しが、外世界にいるなんて思えない。
失敗したらどうなるのだろう。母親が守った王城は敵に落とされ、父と過ごした村や慣れ親しんだ風景をことごとく破壊され、想像できないほどの残忍な方法で殺されてしまう。
断るなんてできない。最低な国王と同じで、異世界の勇者にすがるしかない。
「オレも非力だよ、父さん……」
涙がこぼれているのに気づき、エヴォルグの手が止まる。余計なことを考えるな。正しく描き切ることにだけ集中しろ。涙を拭って自身に言い聞かせると、必死に魔法陣を描いていった。
本に記載されていた図を間違いなく写せたか確かめていると、
「すぐにはじめろ」
側近の男から投げかけられる。
わかってるよと文句をぶつけてやりたい気持ちを飲み込み、確認を手早く行った。
教わったとおりできた。書き損じはない。本を閉じたエヴォルグはカバンにしまい、魔法陣の端に描いた印に両手をつける。
目を閉じるエヴォルグは強く念じる。王国存亡の危機を救ってくれる、美しさと賢さを兼ね備えた強くて勇ましい、母のような勇者を。
「昊天請願。わが前に姿を現せ、異世界の勇者よっ」
詠唱のあと、魔法陣から光がほとばしる。
石畳の床から生えてくるように、光の人影が少しずつ現れていく。
成功だ、と側近たちから歓声が上がる。
「たった一人とは」
国王は眉間にシワを寄せる。
「初回にしては、まずまずといったところか」
大役を果たしたエヴォルグが安堵の息を吐いたときだ。
「わあっ」
悲鳴に似た声とともに誰かが倒れてきた。
柔らかくて温かみのあるものに頭を押さえつけられ、冷たい床に顔面を押し付けられる。
頭の上からどかそうとつかむと、想像以上に柔らかかった。
「なにするのよ、ヘンタイッ」
怒鳴り声とともに強烈な一撃が頭に直撃。じんとした痛みが、頭と顔面に広がった。
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