development 為政者が衰えるとき

ep.Ⅱ-1

 王宮の一室に通された少年エヴォルグは、息ができないほど体が固くなっていた。

 案内された『召喚の間』は簡素な部屋だった。白い天井や壁とは対象的に床は黒い。黒色頁岩が使われていると、エヴォルグは想像した。


 南窓から日差しが差し込む部屋の壁際には、腰に剣をたずさえた屈強なる男が三人、乱れることなく整列している。

 さらに部屋の奥に置かれた金の椅子には、あぐらをかいて座る男がいた。


 黒服に赤いマントを羽織る男の顔には見覚えがあった。廊下に飾られていた肖像画の人物とよく似ている。

 若かいころは整っていた顔立ちも、齢六十過ぎの薄い頭髪には白いものがまじっている。よどんだ細い目の下は弛み、頰はゆるんで表情は乏しい。せいぜい、口の端を少し上げて笑うくらいだ。


「国王陛下の勅命を受け、亡き父エルフォレスト・ヴォルムの後を継いだ実子エヴォルグ、罷り越しました」


 深々と頭を下げるエヴォルグは、必死になっておぼえた挨拶を、同室にいる男たちに聞かせる。


「若いな」

 玉座に座る国王は、細い目をさらに細めた。

「亡き父の跡を継いだ召喚師エヴォルグよ。幾つになる?」


「今年で十二になりました」


「そなたの父親はかつて、わが王宮専属の召喚師として働いてくれていた。くわしい理由も告げずに王宮を去り、山村に引きこもったのは、病を抱えていたからであったか」


 国王はひじ当てに乗せていた右手で頰杖を付き、

「不安だな。まだ子どもではないか。果たしてエヴォルグに、わが王国存亡の危機を救えるであろうか」

 壁際に立つ男たちに目を向ける。


「陛下のご心配、お察しします。魔獣ならば、魔法使いでも召喚できます。ですが、勇者召喚となると容易にはいきません」

 国王に一番近くに立つ側近の一人が発言した。

「容易にはいかぬのか。たしか勇者召喚を行える召喚師は、受け継いだ家系の者のみが呼び出せると聞き及んでいる。血筋は大切だし、理解もしている。だが、国の命運がかかっておるのだぞ。あの小僧以外に、勇者召喚できる者はおらんのか」


「王宮に仕えていた召喚師八家は、さまざまな理由から離れてしまいました。ある家系は逃亡先で敵国に命を奪われ、またある家系は断絶したと記録にあります。他の家系の実態は調査中ですが、現在確認できました召喚師はエヴォルグただ一人。子どもとはいえ、彼に託すしか他に道はありません」


「そうであったな。世に逆らった愚か者どもは、進んで末路を選んだのであった」

 国王は頰杖をほどく。


「若き召喚師エヴォルグよ。そなただけがわが王国唯一の希望なのだ。ゾーゼ王国二千年の歴史と五千万人の民を救うため、必ずや勇者を召喚するのだ。些細は伝えてあるとおり。つつがなく儀式遂行を果たせよ」


「かしこまりました」

 エヴォルグは国王に一礼した。

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