第三章『ゆらゆらゆれる夏休み』 ⑤


 このままだと車止めも含めて地面が真っ二つになってしまって、元に戻らなくなると思ったわたしはとにかくなにか言葉を探した。

「恋はさ、ただ、夏休みが終わっても、高校卒業しても、二人きりで過ごしたみたいに、ずっと可絵と暮らしていけたらなあって」

 言い終わってから、言うべきことからは最もとおかったような気がして、でもそれは紛れもなく本音だった。その本音を放たず、ただ抱えて--そう可絵がいっとう大切にしてきた美容師になりたいという夢のように言わなければこの世界の誰にも聞かれることはなかったんだと思った。

「そんなん、甘いわ」

 案の定、可絵から聞こえたのは低い声だった。

「まず、二人で暮らすっていうのは、電気代もガス代も家賃も服も歯磨き粉もゴミ袋も買わなあかんの」

「知ってる」

「どこが。恋のお金はぜんぶ……」

「仕方ないやん。親、帰ってこーへんもん。誰もがみんな可絵みたいに毎日働かなあかんの? 恋にはまだ無理やねん。そりゃ、いずれはそうするよ。でも今はそんなにいっぱいできひん。いっぱいいっぱいやねん。恋には、無理やねん。それがそんなに、責められること? 恋は、家で一人やねんもん」

「うちの家だって、人はたくさんおるけど、うちだって……恋の家がしんどいのは知ってる。だから余計に言ったらあかん気がしてた。ただ、恋も一人でしんどいけど、家にたくさん人がいるのに、誰にも分かってもらえへんのも、しんどいねん」

 そこまで言い合ってからわたしと可絵はぐったりして、なにも言えなくなった。しばらくファミレスの階段を上がっていく家族を共に見つめていた。肩車をしている親子がいた。あの親子も、絵に描いたように、完成されているように見えてもいろいろあるんだろうな。さっきまでしていた話のせいで、そんなふうに思った。可絵も同じようなことを考えているだろうか、とも。

「なんかうちら、分かってるのにとか、分かってないのにとか、分かってもらえへんとか、そんなことばっかり言うてるな」

 可絵が言った。

「確かに。もうなんか、訳わからんな。分かってる、分かってない、分かってないふり、どれやねんってな」

 わたしも言った。

「なぞなぞみたい」

 可絵が言った。

「布団がふっとんだみたいな?」

「それは、なぞなぞじゃなくて、ダジャレ。しかもいちばん古臭いやつ。もはや、古臭過ぎて誰も口にしいひんやつ」

「ひどい」

 やっとわたしたちはひそひそと笑い合った。

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