第三章『ゆらゆらゆれる夏休み』 ④

「それに、隆のことだって……」

 可絵が言った。

「隆がなに?」

「分かってるくせに」

「なにが」

「分からんふり、してるだけ」

「可絵、もういいって。さっきから、なに?」

「隆の気持ちのこと!」

 夏休みが始まるまでこんなふうにして言い合いをしたことがなかった分、一気に問い詰められるとフリーズしてしまう。でも元はと言えば、可絵に突っかかったのはわたし自身なのだった。

「隆の、気持ち?」

 わたしはとりあえず一息吐く為に言った。

「まぁ、いいよ。このことは。恋がそうやって知らんふりするなら。でもじゃあ、うちだって美容師のこと、うちが言うタイミング決めたっていいやろ。それに、恋には、うちの家のこと何度か話そうとした。でも、すぐに話は終わってしまう。うちの話し方が下手くそやったのもあるけど、家族にだって美容師になりたいってこと、言ってない。あのとき初めて、自分以外の誰かに言った。だから、応援してほしかった……」

「うん」

 わたしは言った。

「それと、恋はミサンガのことばっかり気にしてるけど、うちはこういうふうにして、生きてきたわけ。たぶん、ほかの言い方になると、“愛想が良い”とか、“媚び売ってる”とか、そんなふうになるんやろ。でもさ、家族だって、毎日あの変なおばさんに取り憑かれて、ヤエコウの言いなりになってうちだけ反発してた。でもあの家の中ではうちだけが悪者になった。思ったとおりしばらくしたらお金はあのヤエコウのせいですっからかんになっていって、部屋の電気はついてんのに、灰色の雰囲気になった。だから、うちはいつも通りアホなこと言ったり、歌ったり踊ったりするわけ。そしたらやっとみんなが突っ込んで、『可絵はほんまにどうしようもないなあ』とか言うわけ。ちょっとだけ空気がほぐれるわけ。恋だってそう。『可絵はすごいなぁ、恋はダメやから』って言うけど、そのたびうちが『ほんまやなぁ、恋ってダメやなあ、うちと違って』って言ったらどうするん? 結局うちが、『そんなことない』って、言う役にしてるやん。うちの係を、決めてるやん。うちのこと、分かってないやん」

 そこまで言って可絵は肩で大きく息をした。

 わたしはただ今にも落っこちそうな車止めに座って、可絵の真横で早口を聞いていただけだった。

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