第三章『ゆらゆらゆれる夏休み』 ③
「ううん、いい」
「なんやさ」
「だからさ、せっかく今日また会えたのに気まずくなるの嫌やし」
「でもそんなこと言ったらもう、気まずいやん」
はははー、と笑いながら言ったけれどもう、とたんに虚しさが襲ってくるのだった。
「恋はさ、なんで、そんなに自分のこと、いじめるん」
「え、いじめるってなに」
「ほら、さっきだって」
「だって恋、ミサンガなんて作ったことないもん。そんなんできひんもん。できひんことを、できひんって言ったらあかんの?」
「そういうことじゃなくて、ミサンガはいいねん。ミサンガはうちが言ってることの一部で、恋は、いっつも自分を自分でいじめてる」
「だって恋は、可絵みたいにできひんもん。可絵みたいに、元気に、可絵みたいに……」
「うちみたいに、なに? うちのこと、分かってないくせに」
可絵は言った。わたしはムッとした。可絵と同じく今日は楽しく話せたらなあと思っていたけれど、機嫌を操作できるほど大人になれていない。そもそも大人になる、ってことの、方法なんて、どこに落ちているんだろう。
「そんなこと言ったら、可絵だって、美容師になりたいってこと、ちょっとでも思ったときに恋に教えてほしかった」
「またそれ? なんで、そんなこと恋が決めるん? うちの決めたことを、なんで後から、恋が決めるん?」
「そんなこと言ってない」
「言ってるやろ。恋は、うちのことを、お弁当箱みたいな箱に入れて、それで固く閉じて、そのまんまかばんに入れて紐で閉じて、絶対に出られへんように、誰にも渡さんようにしたいんやろ」
「なにそれ? お弁当箱とか、かばんの紐とか、ぜんぜん意味が分からん」
わたしは言った。呼吸が荒くなっていた。言葉をいったん整理しようとすればするほど、可絵が言った“紐”が余計にすべてをぐちゃぐちゃにしてしまう。
「恋はただ、このミサンガは、恋だけにくれたって、そう思っただけ。可絵も同じ気持ちって、思いたかっただけ。それだけ」
「それだけ? それだけっていうのは、ぜんぶ、恋の気持ちやろ」
「え?」
わたしはわたしの考えを可絵に言っていて、だから“ぜんぶ恋の気持ち”なんて当然じゃないか、と思ったいっぽうで、心の紐はやっぱり解けなくて、ますます身体中を締め付けていくようだった。
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