第三章『ゆらゆらゆれる夏休み』 ①
夏休みが終わるまで残り三日になった。
わたしは昼からお風呂に浸かりながら、あの日の公園での出来事を思い返していた。
結局あの後一度、可絵に電話をかけた。でも可絵はちょうどバイトが始まるところだったから、「ごめん、すぐ切らなあかんわ」と言った。わたしは「あ、ごめん」と咄嗟に言った。お互い謝る形になった。ただ電話をかけて、電話を取っただけなのだけど。
とはいえそのときの可絵の声音は、怒ってはいなさそうだった。というより、もういつもの可絵のように思えた。あの電話の一瞬は、気まずさよりも家でご飯を食べたり、ガレージで話し込んだり古着屋さんに行ったりそれから今こうして浸かっているようにお風呂でのぼんやりした時間を多く、振り返ったのかもしれない。
両手でお湯をすくって顔をなんども洗う。まるでそうしたら生まれ変わるかのように。すると少し開けておいたお風呂のドアの向こうからいきなり着信音が鳴って心臓が飛び上がったわたしは、あわてて立ち上がった。
部屋に置きっぱなしにしていたスマホから聞こえた声は、母親だった。ようやく支払われたスマホを耳に当てるのは不思議な感覚だった。十分くらいの間に「大丈夫?」と何回聞かれたか分からない。大丈夫と聞かれて大丈夫じゃないと言える人なんていったいどのくらいいるんだろうかと「うん大丈夫」と言いながら思った。
ドライヤーをしながらスマホを見つめる。可絵にメールしてみようか。でも、なんて? 元気? と送ってさっきの大丈夫? のように、元気かそうでないかほんとうの答えなんて知ることはできないんだ。決して。いくら仲良くなったと思っても。だけどこのままじゃいけない、そんな気が強く、強くしたから「会いたいな」と送ってみた。髪を乾かしながら一定時間経つと消えてしまうホーム画面をタップした。返事はないかもしれないな。そう思っていたら「いつもの場所で会う?」と返ってきた。「うん」と返した。スマホが復活したことに触れていないあたりが、完全に元通りにはなっていない証拠のようで唾を飲み込む。にもかかわらず止まらずあふれてくる唾をコップに注いだ水でおもいきり流し込んだ。そして靴を履き玄関を開けた。
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