第二章『きらきらひかる夏休み』 ②④


「いや、なんもないけど、言ってほしかったなって……」

 最後が小声になって、ますますいじけた子どものようである。

「うちの中でも、ずっと迷ってたことやから。決まったのは、ほんまに最近というか、今、というかさっき」

「へぇ」

「へぇって、なんやさ」

 すると可絵はポケットの中をゴソゴソあさった。

「これ、隆にもあげる」

 それはわたしがもらったのと、色違いのミサンガだった。

「え、ありがとう」

 隆が手に取った。

「うち暇やから夜、布団に寝ころびながら作ってんねん。これ作ってる間はなにも考えずにいられるし。だからあげる。芳恵ちゃんにもあげるし、バイト先にもあげる」

 そう言った可絵の手のひらにはほかにも色違いのものが、二つあった。

 それを見ていたら、可絵にミサンガをつけてもらったときのことが蘇った。コンプレックスだった腕の毛深さが、なんだか気にならなくなったように思ったこと。可絵のパワーがやどったように思ったことなど。あのときは、世界でただ一人、自分だけが、可絵からもらうことができたのだと信じて疑わなかった。でも今思えば、どうしてそんなことを思ったんだろう。可絵が言ったように、別に、隆にだってバイト先の人にだって芳恵ちゃんにだって、あげたところでそれは可絵の自由なのだった。

「俺、そろそろ行くわ」

 隆が言った。

「なんで、もうちょっと遊ぼうさ」

 可絵が言った。二人きりになるのを拒むように。

「じゃあ、またな。恋、それ、ゆっくり観たらええから」

「うん、分かった」

 わたしは言った。

 隆は怪我を庇うように、ひょこひょこ歩いて行った。そして姿がどんどん見えなくなっていった。

「恋たちも、帰ろうか」

 わたしは言った。このまま公園にいるよりは、違う場所でおもいきり息を吸い込んで吐きたかった。

 けれど可絵は言った。

「ごめんうち、帰るわ」

「帰るって?」

「うん、自分の家に帰る」

 もう一日泊まる予定だったけれど、可絵に迷いはなさそうだった。

「分かった」

「じゃあ」

 可絵が立ち上がる。こういうとき、どうすれば良いんだろう。わたしは思った。けれど、明確な答えなんか、いつまでたっても、たとえ秋が始まっても出てくることなんかなさそうだった。

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