第二章『きらきらひかる夏休み』 ②③
「可絵、美容師になるん?」
言った後、少し声が低くなってしまっていることに自分で気付いた。
でも空元気で訂正する余裕がなかった。手汗をかいていた。
静まり返った公園に隆が怪我をしていないほうの足で、砂をいじる音だけが聞こえる。
「柴田も美容師になりたいって、言ってたで」
隆が空気にやわらかなナイフを入れて、助け舟を出した。
柴田は、隆と同じサッカー部である。
「へぇ。そうなんや」
わたしは言った。でも一ミリも興味なんてなかった。なのに毎日ワックスで触れたらパキンと折れそうなほど髪を立てている柴田のことが浮かんだ。
「専門学校行くん?」
隆が聞いた。
「ううん。うちそんなお金ないし」
可絵が言った。
いつのまにか地面には星の絵が三つ描かれている。そして可絵のほうをそっと見ると、棒を持っていて、次の星に取り掛かっている。
「言ってくれたら、良かったのに」
わたしは言った。
言わなければ良かったとすぐに思ったけれど、そう思っていても、勝手に口から出てしまうことはほんとうにあるんだなあと怖くなった。
「え?」
可絵が言った。
街灯だけついたおれんじの公園の景色はさっきとちっとも変わらないにもかかわらず、ひっそりと感じられる不穏な空気に、隆も入ってしまっている。
「柴田は、東京に行くらしい」
だから隆は言った。
「へぇ」
わたしは言った。二人がちら、とこちらを見た。なにをそんなに拗ねているんだという顔だった。じっさいには、顔は見ていないのに分かった。
「なに? うちが、美容師になったらあかんの」
可絵が言った。
「ううん、そんなわけないやん」
わたしは言った。
「じゃあ、なに」
可絵は言った。恋、なに拗ねてんの? なんてふうに、茶化してくれないかとどこかで甘えていたことに気付く。でもそんな言葉はなかった。隆のときと同じだった。隆にとって怪我は、おそらく小さなことではなかったように、それは可絵にとってもきっと、いや絶対。わたしはどうしてこうなんだろうと、思い始めるとどんどん深みにハマってゆく。
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