第ニ章『きらきらひかる夏休み』 ②②
そうやってしばらく休んでいたおかげで、二人ともゆでだこのように真っ赤だったのも、おさまってきた。
けれどそれでも体になまあたたかい空気がまとわりついているようで、せっかくお風呂に入ったのに気持ち悪くて、夜風にあたることにした。
玄関にあった父親のサンダルをはいた可絵のつまさきがはみ出ている。
夏の夜の空気は熱を完全には奪ってくれなかったけど、それでもさっきまでの狭いスペースとは違って、手も足も呼吸も、景色もどこまでも隅々と感じることができる、そんな気がする。
ぶかぶかのサンダルを履いているのに、可絵の足は速くて、公園までの道を、気付けば追いかけていた。可絵。待ってよ。呟いてから、いつだってそう思ってばかりな気がした。
熱を世界に放つ以外にも、もうひとつ予定があった。隆から、またDVDを借りる約束。
学校が始まってからでもいいと一度は断ったのに、隆は、どうしても見てほしいのだという。でも、確かに分かる気がする。もし、自分が貸す側だったら。学校で、ほかに誰も観ている人はいないその作品について、話したくて仕方なくなりそうだ。そんなの気にしなくても、わたしは貸してくれた隆に話せば良かったけれど。
「隆、早いやん」
約束の時間より十分早く着いたのに、もうベンチに座っていた隆を見るなり言った。
「いや、恋、メールできひんやろ。だから、遅いか早いか分からんから」
隆が言った。
「隆、やっほ」
可絵が言った。
「おう」
わたしたちは隆が座っていたベンチの足元に座った。せっかくお風呂に入ったけれど、なんだかそうやって地面に座るのが冷たくて心地よかった。
DVDを受け取ってから、怪我の話とか、サッカー部の最後の試合とか、沈黙が嫌いな隆は、いろいろ話してくれた。でもわたしたちはサッカーについてまるで分からなくて、「へー」とか「すごいなあ」とか、適当に相槌を打った。「興味ないやろ」すぐ気付いた隆に、笑った。
「隆は? 卒業したら大学行くんやっけ」
「まぁ。でも、なんとなく。やりたいことがあるわけじゃない」
「サッカーは?」
「サッカーは、やりたかったけど、限界を知ってしまったかな」
「そうなん? まだこれからじゃないの?」
わたしはそう言った後、怪我のことを思い出した。軽率なことを言ってしまったかもしれない。隆はなんでもないことのように言っていたけど、本当はそうじゃないのかもしれない。最後の試合に出られなかったことは、隆の中では、“なんでもない”ことでは、きっとなかった。
でもいっぽうで、隆のことが羨ましかった。やりたいことがあるわけじゃなくても、大学に行くと、そう決めた隆のことが。
「そっちは? どうするん」
隆はわたしたちに言った。ここ数ヶ月で何回聞いたか分からない“どうする”という言葉が、またこちらに向かってやってきて胸の奥がずんと重たくなった。
すると可絵が言った。
「うちは、働くよ。そんで、多分やけど、美容師になる」
「え」
思わず声が漏れた。
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