第二章『きらきらひかる夏休み』 ②⓪


 その夜は泡風呂をして遊んだ。

 むかし持っていた髪の毛がツノのように生えていた人形のように、高くたかく、お互いの髪を天井に向かって伸ばす。

 湯船に浸かりながら初めて可絵は家族のことを話し出そうとしてくれた。

 あまりに二人ともへんてこな髪型をしていたから、そのおかげで話しやすくなっていたのかもしれない。

 それにいくら汗をかいたからといって、真夏にぎゅうぎゅうで入る湯船は、どうしたってやっぱりのぼせて、ぼんやりして、正気じゃいられないから、ふだんのテンションでは話せないことも……なんならうっかり話し過ぎてしまいそうになるのだった。

 可絵の伸ばした髪の先っちょが倒れて、逆さまにした「し」のようになっている。

「うちは家では空気って言ってたやろ」

「うん」

 その「し」がぜんぶ倒れてしまいそうで、指先でそっとさわった。

「そりゃ、ほんまの空気ではないで。むしろうち、うるさいし。うち以外もうるさいし。そんでみーんなうるさいし。だから、空気になるねん。分かる?」

「んー」

「だからさ、例えばショッピングモールにいて、子どもが何人も泣き喚いてて、親も怒りながら疲れてて、アナウンスが流れて、土曜日で人はごちゃごちゃしてて、トイレも並んでて、そやのに、落ち着くときない?」

「ある」

「あ、でもな、それとはぜんぜん違うねん。うちは別に落ち着いてるわけじゃない。それとちょっとだけ似てるってこと。ショッピングモールの場合は、自分自身は静かにしてるけど、うちの場合は、家で騒いでる。ほんでみんなも騒いでる。で、みんなはうちを見てるし、うちもみんなを見てるんやけど、自分が自分じゃないみたいで、だからもっともっと話して、大きい声出して、音楽かけて、そういう感じ」

 可絵が話すたびおでこから汗が落ちる。

 わたしの景色もぐるぐるしてきた。

「なるほど。可絵は騒いで、みんなも騒いで、つまり可絵の家はうるさくて、でも、空気みたい」

「そう! 恋、すごいやん。うちは話すの下手やからうまく伝えられへん。そうやなあ、ほかにどう言ったらいいかなあ」

 もうそろそろ上がったほうがいいんじゃないかと、言おうとしたけれどそうしてしまうとせっかく可絵がつかみに行った言葉のかけらが、空中で逃げてしまいそうでのみこむ。

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