第二章『きらきらひかる夏休み』 ①⑨

 

 そんなことをしていると、単にきている服が違うというだけなのに写真に写っているわたしたちはどこかの“誰かたち”に見えた。

 慣れない空気に疲れたわたしは売り物の椅子に座った。椅子の背には値札がつけられていて、いらなくなった物が再びどこかの食卓に並ぶのは夢の中の終わりのないメリーゴーランドのようだと思った。

 可絵はその後も、しばらく目を輝かせたまま服を探す旅に出ていた。

 五分かもっとか、目をつむっていた。大人になったわたしはどんな服を着ているだろうか。どんなふうに歩いているだろうか。眉間に皺を寄せてみるけれど、その姿は白いシーツをかぶったお化けのようで、ちっとも思い描くことはできないのだった。

 昨日に続き可絵は泊まりなので、古着屋さんで買った荷物を抱えて、帰ってきた。

 玄関にドサっと荷物を置いた。なんだか、同じ会社で働いて、ヘトヘトになって帰ってきた気分である。

 とっさにわたしは頭の中のメモをひらいた。そこにボールペンで書いた--可絵と、同じ仕事をして、そして帰ってくる。

 たちまちさっきまで大人になった姿は白いシーツをかぶったお化けだったのに、さあっと、ゆっくりと、霧が晴れていくようである。

 リクルートスーツを着ているわたしたち。電車に乗り遅れそうになる。靴擦れが痛い。でもそんなことを考えたとたん、前は病院で働いているところを想像したり、次はリクルートスーツなんて、あまりに安易で、単純で……自分がちっぽけに感じた。

「たっだいまー」

 でもそんな心は、可絵の一挙手一投足で方角を変える。わたし一人ではすぐに深く深く沈んでいくのに、まるで矢印をぐるん、と変えてくれるコンパスのようだ。

「可絵、恋も、可絵と一緒に働きたいな」

 だからさっきまでの反省はどこへやら、吹き飛んでしまって、気付けば口からぽろりとこぼれていた言葉。

「え? 恋、お好み焼き屋で働きたかったん?」

 可絵が笑った。

「違うちがう、そうじゃなくて、可絵と働いて疲れて帰ってきてお風呂に入って、ご飯食べられたらなあって」

 しどろもどろで、それに自分の耳にさえ遠い音。

「え、なんて?」

「ううん、なんでもない」

「喉乾いたー」

 水道水をひねって、置きっぱなしにしていたコップに、勢いよく可絵は水をそそいだ。

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