第二章『きらきらひかる夏休み』 ①⑦
「今日なにしよう」
可絵が言った。口の端にパン屑がついている。
「そうや、うち、行きたいところある」
「どこ?」
わたしは聞いた。
「あのな、古着屋さん」
「古着屋さん? 行ったことない」
「学校の近くにできたみたい。すごい安いって、クラスで話してるの聞こえた」
「へぇ。なんか見つかるかな」
「恋、美味しいわ。ありがとうな」
古着屋さんの話をしていたのに唐突にお礼を言う可絵は、まだ眠そうである。そんな顔を見ていたら、(卒業したら、どうしたい?)という可絵から聞かれた問いが頭の中で再生された。外から子どもの泣き声が聞こえてくる。テレビでは習い事教室の様子が映っている。ウォーキングの先生に従って、歩くおばちゃんたち。しっかり前を見据えて、一歩、いっぽ。
ご飯を食べ終わって、髪の毛をブラシでとかす。
「恋、うちが今日、髪の毛したげる」
可絵が、リュックの中からおもちゃのように小さいコテを取り出した。
「元からふわふわやのに、コテ使うの?」
「たまーに。“ふわふわ”って言うたらなんかいい感じに聞こえるけど、じっさいは“ごわごわ”やねんで。寝起き、見たやろ? どうしようもないときは、これでまっすぐにすることもできるし、くりん、って反対に流したり」
前髪を巻いて実践してくれた。
「それ、電源差してないのに、なんであったまってるん?」
「あー、これは電池で出来るから。心配性やからいろんなもの、持ち歩いてるねん」
あっという間に内巻きになった可絵の前髪。ヘアセットなんて大の苦手であるわたしは、慣れた手つきに感心しきりだった。
「ほら、見てみ」
ヘアセットをしてもらったわたしは、体育座りをしていたのだけど、全身鏡のほうに向き直る。
「うわ、すごー」
そこに映っていたのは目も鼻も口も確かに昨日と変わらないのにとても自分とは思えなかった。
可絵の手によって、頑固なストレートヘアは、頭のてっぺんで、無造作なお団子になっている。
「でもな、うちは恋のいつものまっすぐでつやつやの髪が好きやねんで」
「そうかなぁ」
上の空のわたし。
「恋はもっと自分のいいところ、ちゃんと見たほうがいいと思う」
「これ、外に出たら、すぐ取れへんかな?」
心配になってそっと髪を触る。
「ちょっと聞いてる? 大事なこと言ってるんですけど」
親の物であふれている玄関だから、脱いだはずのスニーカーがなくてつま先で靴を蹴りながら探す。
「あれ、うちの靴、どこやっけ」
「可絵のもないの?」
「古着屋さんもこんな感じで宝探ししよう」
そう言われてもちっともピンとこない。
店内に着いたときには、二人ともおでこは汗でびっしょりだった。
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