第二章『きらきらひかる夏休み』 ①⑥


 ここで寝ようさ。そう可絵が言ったとき、驚いたのは、わたしの部屋はそれほど広くないし、ベッドではなく布団だし……二人で寝るにはふさわしいとは言えなかったからだった。

「うちは一人部屋ないからいいなー」

 そう言ってわたしの布団に寝転ぶ姿は、この部屋にいながら少し先の未来まで見ているようだった。

「でも、一人で寝てたら、あっちの部屋の冷蔵庫の音までブーンって聞こえてきてとつぜん怖くなることある」

 わたしも横にドサっと寝転んで言った。

「お互い、うまくいかんな」

 言葉はすぐ近くから聞こえる。

「うん」

 天井のちいさな黒い点々を見つめて言った。

 

 可絵が泊まることが決まったときあんなに動揺したのが嘘のように、わたしはその夜、深く眠った。夢の中では、メリーゴーランドに乗っていた。わたしの前に可絵が乗っていて、追いつこうとするけれど、降りることはできなくてただ、回る。可絵は、どんどん先に行こうとする。未来へ。そのもっと向こうへ。けれど、また同じところに戻ってくるので、瞳は輝いて、曇る、輝いて、曇る。進みたいのにどうして、いつまで経っても景色は変わらないのかと、作り物の馬に声をかけて、やる気を出させようとする。わたしはというと、そんな可絵のうしろを、おとなしく乗っている。観客の中に芳恵ちゃんがいる。こちらを問いかけるような目で。わたしは心で唱える。そんなに見たって無駄、メリーゴーランドは回り続けるんだから、降りない限りわたしはここにいる、ここにいて回り続ける。可絵と、わたしと、いつまでも。


 目が覚めたとき寝返りを打とうと思ったら、「うーん」と唸る声がしてそっと戻った。

 九時を少し過ぎていた。

 学校だったら、もう授業が始まっている。

 なのにこうしてここで二人で寝転んでいることが、現実から逃げ出してきて、ひっそり山小屋に隠れているようである。

 そっと布団を投げ出して、簡単な朝ごはんを作ることにする。

 マーガリンを塗ってからパンを二枚焼く。

 火をつけてから、ウインナーと卵をフライパンへ。火が強過ぎてウインナーが跳ねる。ヨーグルトを小皿に移し、マーマレードジャムを入れて、お湯を注ぐだけのワカメスープと、それから、インスタントコーヒー。

「おはよー」

 目をこすりながら起きてきた可絵の髪が、予想の五倍爆発していて、顔が隠れて見えないほどで、お腹を抱えて笑った。

「恋、ほんまに寝起き? 髪の毛もうアイロン当てたみたいやん」

 しつこく笑っているわたしのほうを、真顔で見る。そしてもう一度目をこすり、キッチンまで来る。裸足だからペタペタと歩くたび音がする。

「うわ、なにこれホテルの朝食やん、泊まったことないけど」

「なーんにも作ってないけどな。焼いたり、お湯入れたりしただけ」

「でもこんなにすごい。恋、天才かよ」

 大袈裟に褒めるのがお決まりの可絵。けれどそうだと分かっていても、喜んでしまうのも、お決まりなのだった。

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