第二章『きらきらひかる夏休み』 ①⑤
髪の毛を乾かすたび面倒だと思っているけれど、誰かにドライヤーを当てるのは初めてだったから、いったいどんなふうに風を当てるのが正解だったっけと、持ち慣れているはずなのにぎこちないせいでわたしの右手はふらついて、可絵の髪の毛は空中に舞う。
「あー、極楽やー」
けれどそんなことお構いなしの可絵は目をつむっている。目の前の全身鏡に写っているのだった。あぐらをかいて、わたしの部屋着を着ている。いつから持っているか思い出せないほど袖や襟がほつれている緑のTシャツは、英字がプリントされているけれど、どんな意味か考えたこともなくて、可絵の背中をまじまじと見ていたら、こんなTシャツだったかなぁと思えてくるのだった。
二人の足元にはアイスカフェラテが置かれている。
「なにこれ、ストロー噛みすぎやろ」
近くに置かれていたから、わたしのと間違えて取った可絵が言った。
「え、そう? そんなん意識したことなかった」
確かに、わたしのストローだけ先っちょがぺったんこになっていて、あらためてそう言われるとまるで本来の機能を成していないようだった。
「恋、よく吸えるなこれで」
「ぜんぜん、ふつうやで」
「恋の“ふつう”はおかしいこと多いからなー」
「それを言うなら、可絵やろ」
大真面目にわたしは言った。
「いや、あんたもなかなかやで」
乾かすたびふわふわになっていく髪の毛。海外ドラマに出てくる登場人物の髪型と似ていて、可絵が病院で働いているところが浮かぶ。もしも、あの病棟で同期のインターンとして出会っていたら……。妄想は膨らんで上司に怒られながらも勝ち気に言い返している可絵の姿が浮かんだ。わたしはというと、血を見ただけで倒れそうになっている。
「恋、熱いって。同じとこ乾かしすぎ」
「あ、ごめん」
「そういえばさ、明日と明後日、ずっと暇になってしまったんやけど、泊まりに来てもいいかな」
「バイト、なくなったん?」
「うん。最近大学生のバイトが増えて、希望出したのにシフト入れへん日もあって。しかも店長に、働き過ぎやからちょっと休めって言われた」
「そうなんや。恋は、暇やから、大歓迎」
「ありがとう。うち恋がおらんかったら、夏休みバイトしかすることなかったし暇で死ぬところやったわ」
「そう? 可絵、友達多いし」
「は? 友達おらんよ。いたらもっと遊んでるやろ。変なこと言うなぁ恋は」
クラスでも話題の中心になることが多い可絵だったから、友達がいないなんて、変なこと言うのはそっちのほうやろ、と言い返したかったけれど、そういえば誰かと帰っているところも、写真も、見たことがなかった。
「恋、じゃあさ、今日から、泊まっていい?」
可絵が言った。
「いいけど、いいの? 怒られへん?」
「言ったやろ。うちなんか、空気やから。でも一応連絡しとく」
そう言った後、すぐにスマホをひらいて家族にメールをしているようだった。
ドライヤーの紐をくるくると巻いて結んだ。今日は可絵とお泊り。じわじわと実感がわいてきて、家にいるのに、ちっとも落ち着かない心。でもそれは嫌な心地ではなかった。時計を見上げてあと何時間一緒にいられるか、思わず確認してしまったくらいだった。
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