第二章『きらきらひかる夏休み』 ①④


「でもさ、解放っていったいなにから? 具体的には」

 わたしは言った。答えが知りたかったというよりは、今と、卒業した後と、変わることもあるかもしれないけれど、変わらないことも多いんじゃないかなあと言いたかった。それをそのまま言えば良かったのに、口にしてしまったら、可絵にますます呆れられそうで“具体的に”なんて言いながらも、ぜんぜんなんでもないことのように聞いた。

「そりゃさ、決まってるやん」

「決まってるん?」

「うん。決まってるに、決まってる」

「決まってるに、決まってるって、じゃあ、働くってことか、やっぱり」

 お好み焼き屋で働いている姿は見たことがなかったけれど、きっと大きな声で、注文を取ってるんだろうなあと想像しながら言う。

「ほら、恋だって分かってるやん。卒業して、うちはとっとと家出たい。ほんで小さくてもいいから部屋借りて、働いて、稼いで、好きなふうに飾り付けしたい。静かな部屋でぼんやりしたいし、いちいち誰かにこれ買っていい? とか聞きたくないし、とにかく自由が欲しい」

「自由かあ」

 可絵が自由に飾る部屋はどんなふうだろうと思った。目をこすったら少しシーブリーズが入って、痛くてついさわってしまうのだけれど、もう少しその自由のことを考えたくて、さっきと同じく言わなかった。なんだか今日は、言わないことのほうが、じっさいに言ったことよりも多い気がするなあと湯船の中で足を撫でていた。カミソリで剃りすぎて、湿疹のようになっている。それに、触り心地もザラザラとしていて、いつのまにかその大嫌いな触り心地をてのひらが求めてしまうのも大嫌いだった。

「恋は、どうすんの?」

 その口調は軽やかだったのに、いつもはその後、わたしが答える前にぺらぺら話し出す可絵が、黙っていて、体が固まって、フリーズする。

「恋は」

 やっと息を吸って答えたのだけど、その顔は切羽詰まっていたのか可絵が話し出す。

「だいたい、恋の親、うちが怒鳴ってやりたいわ。こんな広い家に、一人にして、うちも家で寂しいけど、いや、そんな重たく考えんといてな、毎日うるさいし、近所からも苦情くるし。でも、その寂しいとはまた違うやんな。芳恵ちゃんは? どこまで知ってる?」

 さっきよりもふやけている指先で壁に丸を描きながらわたしは、「芳恵ちゃんはー……」と曖昧にする。そして言う--「芳恵ちゃんはぜんぶ知ってるような、なーんも知らんような、そんな感じ」その丸に可絵が丸を足していく。どんどん横に増えていく丸は、いつだったか、けんけん飛びをした公園の土の模様。

「そうか、そんな感じか」

「うん」

「でもさ、恋、うちはなにもできひんけど、でも恋、どうする? 話聞くことしかできひんけどさ」

「アイスカフェラテ」

「え?」

「アイスカフェラテ二つ、買ってあるんやった。お風呂上がって、飲もう」

「うん、ありがとう」

 そう答えた可絵は六つの丸に、両手でお湯をすくってそして、おもいきりかけた。視界から丸が消えて、あー、丸はあったのになあ、確かにあったのになあもうないんだなあという事実が最近でいっとう確かなことに思えるのだった。

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