第二章『きらきらひかる夏休み』 ⑨


 コンビニへ入るといつもの店員さんがいる。バイトだろうか。大学生くらいに見えるその女性は、なんだかわたしたちの未来の姿のようで、あんなにテキパキ宅急便の処理をしたり、補充をしたりできるようになる気がしないなぁと雑誌を手に取ったり戻したりしながら思うのだった。

 籠に必要な物を入れていると、可絵が食べている顔が思い浮かぶ。

 同じ物を食べている時間は、同じ物が体の中に入っていくということで、ひまわりみたいな笑顔の可絵と、そんな顔を見て食べているわたしと、お腹の中の物と、そんなことを考えながら食べていたなんて、可絵は、思いもしないだろう--レジに並びながら、口に出さなければ、音として、言葉にならなければ、どんなにたくさんの時間を共有しても、分かり合えないのだという当たり前のことを思うのだった。

 コンビニを出ると音が鳴る。

 入るときも、出るときも。なんだか聞くたび、それがなんらかの区切りのように思える。お客さんは絶え間なく入って、出て行く。また出て行く。入る。「らっしゃいませー」店員さんの“い”が無い声。世界はどんどん切り替わる。そうだ、夏休みも、始まったら、終わるのだなぁ。気付けばすっかり考えごとの罠にはまりこんでいる。可絵がいたなら、「またどっかの世界行ってるやろ!」と怒られるだろう。

 そんなあれこれはきちんと頭の中の箱に閉まっておいたはずだったのに、可絵といざ待ち合わせた瞬間、鍵が開けっぱなしになっていて、考え事ひとつ残らず見透かされたようで勝手に気まずかった。

「あー疲れた」

 けれど可絵は疲れ果てていて、ガレージの車止めにどさっと倒れ込むように座ったからほっとする。

「お疲れ」

 となりにいる可絵からは、お好み焼きを焼くときの油のにおいがする。

「ごめんな、いつも待ってもろて」

「ううん、お腹すいた?」

「めちゃくちゃ。でもさ、なんか通り越して食べられへんかも。お腹すいたを通り越して、通り越して、いま、みたいな。分かる?」

「うん、分かる」

 相槌を打ちながら答えたけれど、そんなふうに疲れ果てるまで働いていた可絵が、やっぱり今日もまぶしい。

「これ、恋にあげる」

 とつぜん可絵が取り出したのは、ミサンガだった。

「可愛い」

 黄色と、白と、茶色が交互に編まれたミサンガ。

「これ作ったん?」

 わたしは太陽にかざしながら言った。

「うん、夜中暇で。そこ、ほつれてるけどな。この間のポーチのお礼」

「そんなんいいのに」

「ほら、うちとおそろ。貸して。つけてあげる」

 ミサンガが可絵の手に戻る。

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