第二章『きらきらひかる夏休み』 ⑤


「わー、広い家!」

 可絵はわたしがドアを開けると奥へと進んでいく。

「ぜんぜん、片付いてないけど」

 履いていたスニーカーがうまく脱げずもたつく。広いと言われても、友達の家には数えるほどしか行ったことがなかった。そういえば、可絵の家はどんな雰囲気だろう。兄弟が多いから、絶えず騒々しい声が飛び交っているだろうな。ひとりっ子のわたしは小さい頃から自分の部屋を持っていた。けれど、可絵のことが羨ましいと言ったら、怒られるだろうか。

「キッチンも広い〜! いいなぁ、恋」

 ようやく脱いだ靴を玄関に放って声のするほうへ向かうと、可絵はフィギュアスケートのようにリビングでくるくると回っている。

「ここに住みたい」

 そう言って天井を見上げながら。その姿は、晴れた心は、ほんとうにリンクの上を滑っているようだった。

「ここに住みたい」--そんなふうに言われて胸がとくん、と鳴った。買ってきたばかりのおやつを机に並べる。

「これ、あっためるわ」

 電子レンジを開ける。

「恋ありがとっ。 お腹すいたー」

 そのとき電話が鳴った。わたしは素早く受話器を持ち上げて、そしてもう一度置く。この、いまの二人きりの時間を誰にも邪魔されたくなかった。もちろん予想はつく。というか、親に決まっている。だけど、この家には、“親”は、いないのだ。少なくとも、可絵が帰ってしまうまでは、ここはわたしたちの家なのだから。

「誰からー?」

 勝手にテレビをつけてソファーでくつろいでいた可絵。

「ううん、大丈夫」

「そうなん?」

「うん」

 火傷しないようにタオルを持ってロコモコ丼を取り出す。そのまま持って行こうかと思ったけれど、そうだ、あのお皿に入れてみよう。わたしは「どこやったかなぁ」とひとりごとを言いながら真っ青な大皿を二枚取り出した。いつだったか母親と旅行先で選んだものだった。ロコモコ丼を入れるには大き過ぎたけれど、それがかえってお店で出されるもののようである。

「うわー、恋、天才?」

 一度テンションの上がった可絵は、恥ずかしくなるほど褒めてくれる。

「大袈裟やって」

 鼻の頭をぽりぽりかきながら言う。でも、満面の笑みで食べている可絵が目の前にいて、毎日一人きりで座るダイニングテーブルは時が止まっているように思えたけれど、家全体に絵の具がぽたぽたと塗られていくようでまぶしくて思わず、まばたきをした。

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