第二章『きらきらひかる夏休み』 ⑥


 そのときチャイムが鳴った。

 ほとんど来客のない家である。ドアのほうを見て驚いていると「恋、出ぇへんの?」と可絵もインターホンのほうに近付いてくる。まさか親が帰ってきたのだろうか。この間の電話では、母はしばらく帰れないかもしれないと言っていた。それに、父が帰ってくるのも毎度夜中に隠れるようにしてなのである--とはいえ、いつだってバレていたのだけれど。

「誰やろ? 帽子かぶってて、よく見えへん」

 可絵は言った。

「恋、見覚えある?」

 モニターには帽子を被った男性が映っている。「さぁ……」「うちが出てあげる。もしもーし、誰ですか?」「ちょっと、可絵、誰ですか、って」あれやこれやと話していると、「恋、俺やって、俺」その男性が帽子を脱いで顔を指差した。「なんや、隆や」わたしは言った。「隆〜!」話したこともないのに可絵ははしゃいでいる。「今、開ける」そう言ってボタンを押した。

「おい、恋、DVDの返却期限、忘れてたやろ」

 ドアを開けるなり隆は言った。

「げ、そうやった」

 部屋からDVDの入った袋を持ってきて玄関を開けた。エレベーターで一階のエントランスまで降りる。

「隆、ごめん。すっかり忘れてた」

 借りた分はきっちり観たものの、ソファーの上に置いていたDVDはそのうち服の山に埋もれて見えなくなっていた。

「おー。そうやと思った」

 隆とは何度か一緒に帰ったことがある。とはいえそれは特別約束をして、というのではなく帰り道に会った際である。

 中学が同じだったから、家もそんなに離れてはいなかった。

 話が盛り上がってわたしの家で別れたことはあるけれど、直接家に隆が来たのは初めてでなんだか「お客さん」の雰囲気に戸惑った。

「どうしよう。延滞料金」

「いや、大丈夫やで。二週間で借りたから、まだ。そやけど恋、俺が言わな忘れてると思って」

「うん、完全に忘れておりました。隆様。すみません」

「最後、驚いたやろ?」

「うん、めちゃくちゃ。次どうなるんやろ? また絶対貸してな」

 登場人物の一人が事故にあったのだった。海外ドラマではよくある設定で視聴者が続きが気になるように、とは分かっていてもまんまと驚いて、早く次のシーズンが観たくてたまらなかった。

「恋、暇やんか」

 可絵が降りてきた。

「ごめんごめん」

 うっかり隆と話し込んでしまっていたのに気付く。

「あ、山川隆、やっほー」

 可絵が手を振る。

「おす。ていうか、俺の苗字、なんで知ってるんすか」

「ジャージ。いつも借りてごめんな」

「あぁ。ジャージに書いてるもんな。いつも恋がお世話になってます」

 隆がふざけながら言った。

「なにそれ。恋のお兄ちゃんみたいやん」

 隆の肩を軽く押す。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る