第一章『夏休みまであとすこし』 ①③


「恋、いちごミルク、買ってあげる、おいでー」

 可絵が廊下の先で呼んでいる。

「今行くー」

 そう言いながら軽くない足取り。

 窓の外では運動部が声出しをしながら走っている。決められた言葉を、決められたリズムで。それはまるで軍隊のようで、一切の他言も許されない、窮屈さが漂っているけれど、いっぽうで、進むべき道がある程度確立されているようでもあって、夏休みの間、そんなものが欲しいなという思いがよぎるのだった。

「いちごミルクじゃなくてもいいで。好きなの選んで」

 可絵が百円玉を入れる音がした。

「いいの? ありがとう。えーっと」

 いちごミルク、フルーツオレ、オレンジジュース、目に飛び込んでくる色たち。

「うーん、悩む……」

 そう言いながらこんなふうに「決める」ということは、小さいのからそうでないものまで含めて、人生にはいったい、どれくらいの数あるのだろうとぼんやりした。

「恋、悩み過ぎ。うちこれにしよーっと」

 と言ったとほとんど同時にカシャン、と音がしてフルーツオレが落ちてきた。これが可絵の決めたもの。もし違うものを選んでいたら、わたしが見ている色は違っていたんだ……。フルーツオレから目を離さないでいたら、「もう! 今日の恋おかしいで。たかがジュースごときでそんな悩んでどうすんの。うちが決めたげる。いつものでいいやろ」「うん、ごめんごめん」いちごミルクが落ちてきて、わたしの為にあった、選択と書かれたカードが自販機の中に戻ってしまって二度と取れなくなってしまったようだった。

 校門前は自転車の学生であふれかえっている。

 夏休み前というのもあってか、しばらく会えなくなる前にひっきりなしに話しているようだった。

「どいてどいてー」

 ベルを鳴らしながらその群れをかき分けていく可絵。

「あーもう、そんな鳴らさんでいいやん」

 小心者のわたしはビクビクしながらその後ろに従う。

「ひゃっほー」

 坂道を可絵が両足を上げて下っていく。可絵の赤い自転車がどんどん小さくなる。

「待ってってば」

 まるであらゆるものから置いていかれるような気がして、わたしはそのとおくに見える赤を目印にして懸命にペダルをこぐのだった。

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