第一章『夏休みまであとすこし』 ①②


 いよいよ明日から夏休みで、最後のチャイムが鳴った瞬間、お風呂から上がったかのようにみんな生き生きとした表情をしていた。

 たった一ヶ月半。でも、まるで永遠に続くかのように。

「いぇーい。恋、はよ帰ろっ」

 明らかにテンションの高い可絵。

 学校も、制服も、廊下も、ぜんぶ脱ぎ捨てたような顔をしている。

「うん」

 ちいさな声でわたしは答える。

「なに? 恋、嬉しくないの? 夏休みやで、なつやすみ!」

「分かってるけど……」

 そのときわたしはようやっと分かった。そうか、わたしには、夏休みになったからといって、特別したいことがあるわけじゃない。

 可絵は、この期間にたくさんお金を貯めると張り切っていた。学校があるときは短時間しか働くことができないけど、休みなら丸一日シフトに入ることができる、と。

 怪我をしている隆も、この間は隙を見て帰っていたけど、夏休みとなれば大会もあることだろうし、たとえ雑用係であっても忙しない毎日だろう。

 ほかのみんなも、街中に遊びに行く約束をしていたり、家族と旅行に行くと行っていたり、受験勉強で余裕がないと言っていた子さえ、なんだか輝いて見える。

 芳恵ちゃんにも進路について、ゆっくり考えておくようにと言われたけれど、時間をかけたところで宝箱から見つかるように答えが出てくるとは思えない。

 とはいえ、進学を希望していないわたしに向ける芳恵ちゃんの眼差しは、それほど切実なものには見えなかった。可絵はというと、卒業までに、働きたい場所を探すのだという。お好み焼き屋は? ときくと、それはぜったい嫌、とのことだった。お好み焼き屋で働くのは楽しいけど、就職は嫌やわ、と当たり前のことをなぜ聞くのか、というような顔をしていた。

 でも、バイトすらしたことのないわたしは、その違いがよく分からなかった。

 進学をしないということは、働く、ということになるんだろう。

 でも、そんな姿を想像しようとすると、たちまちその世界に霧がかかってしまうから、目を凝らしてもどこにいて、どんな格好をして、どんなふうに動いているか霞んでしまうから、早々に諦めてしまうのだった。

 クラスでも成績上位に入ることも少なくなかったわたしは、もしかしたら芳恵ちゃんから、進学を諦めていいのか、説得されるのではないかとうっすら期待していた。そう、夢中で観ているドラマに出てくるように、必死に将来について、「あなたには可能性があるんだから」と、「そのダイヤの原石を無駄にしてはいけないんだから」、と。

 けれど、そんな淡い期待など芳恵ちゃんが書き込むボールペンのさらさら鳴る音と共に流れていって、面談時間はほかの子となんら変わりなく終わった。「そしたら、廊下で待ってる次の子、呼んできてくれる?」という声が、より一層、そのことを間違いないものにしているようだった。

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