第一章『夏休みまであとすこし』 ①①
あっというまに一話を観終えて、ソファーに横に寝転ぶ。
机の上に置いていたスマホを手に取った。
料金は払われていないから、メールも電話もネットもできない。
なのに、触るのが癖付いている。
待ち受けは可絵とのツーショット。
ピースしているわたしを、思い切り抱きしめている可絵。
今頃、バイトの真っ最中だろうな。時計を見ながら思った。お風呂、入ってしまおう。重い腰を上げて、浴槽を洗いに行く。
さて、とうとう明日から夏休みになった。
珍しく可絵が始業の十分前に来たので、「どうしたんさ」と言った。
「明日から夏休みやと思ったらテンション上がって」
そう言った可絵のくりくりした目は確かにより大きく輝いて見える。
「ほんまやなー、この間まで、夏休みまだまだやなって言ってたのに」
カレンダーを見て言った。明日から、夏休み。心でつぶやく。可絵のようにはしゃぐ気持ちもゼロではなかったけれど、なぜ素直に喜べないんだろう、机の落書きを撫でながら思った。
「バイトばっかりやけどさ、でもそれ以外は暇やから、遊びまくろうな」
可絵は言いながらわたしの後ろ髪を三つ編みにしていく。
「うん、家の電話からかけるから、もう一回番号教えて」
「何回聞くんさ。この間も確認したやろ。大丈夫やって」
可絵に笑われる。
心配性で嫌になるけれど、万が一間違っていたらそれこそ夏の間、幽霊どころか無だ。
「いいから、教えて」
「はいはい、ぜろきゅーぜろー」
通販番組みたいに可絵は読み上げるのだった。
「あー、待って待って」
慌ててメモの端にうつす。
「かけたら、ぜったい出てな」
「彼氏かよ。うん、バイト以外なら出るで。ていうか、ちゃんとかけてきてや。恋、スマホないんやから、かけてこな、遊べへんで。夏休み中、うちを暇人にしんといてや」
「うん、かけるってば」
そう言いながら、わたしは電話が苦手だった。こうして学校では話せるのに、家に帰り、電話となると、一息つかないと勇気が出ないのだ。それを一度可絵に言ったら、「ボタン押すだけやん。恋っておもろいなぁ」と言われたっけ。
夏休み前の芳恵ちゃんの言葉は、生徒たちの耳から耳へとするする流れていった。
「芳恵、長いって」
男子生徒が言う。
「長いのはあんたのズボンや。もっとちゃんと上げ!」
パンツが見えるほどずらして履いている男子生徒は笑いながら「うるせー」と言った。
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