第一章『夏休みまであとすこし』 ⑩


 靴を脱ぎ捨てて、自分の部屋にカバンを投げ入れる。

 先にパジャマに着替えてキッチンへ来た。やかんにお湯を沸かして、インスタントのカフェラテを入れる。

 テレビを付けて、音量を消す。

 一人きりの家だから、誰かの気配は感じたいけれど、音までは騒々しくて、そうするのが癖になった。

 さっそく隆に借りたDVDを入れる。

 ウィーンと音がして、吸い込まれていったDVD。もう何年も続いているドラマだ。深夜に観ていた頃は見逃していた話も多かったけれど、隆が貸してくれるようになってからは順番通り観ることができていた。

 なんでも隆の母親もそのドラマのファンだそうで、借りに行きたいと言う前に、早く観たら? と促してくるのだそうだ。

 わたしはそんなふうに両親とドラマや、音楽や、趣味の話をゆっくりしたことがなかったから、逆に喧嘩ばかりしている二人はどんなことが好きなんだろうと思った。

 母は一時期家でカフェごっこをするのにハマっていたし、父の部屋には昔からギターが飾られている。だけど、最近はそれぞれそれらを楽しんでいる気配はない。

 ソファーに座りながら、足はおろさず膝を抱える。そして、上のパジャマの中に両足を入れる。こうしていると服が伸びるからやめなさい、とよく怒られたっけ。なんだかそれも懐かしいな、と思いながら再生ボタンを押した。

 隆には言わなかったけれど、このドラマを観ている間は、主人公の女性が、心の中に住んでいる気がしていた。

 そして、わたしと一体化して、学校へ向かっている。だから、頑張れる。本気でそんなふうにおもってしまうほど、その女性--アンが泣くたび、喜ぶたび、気付けば涙が出ていたし、胸がドキドキした。

 特に共感していたのはアンが、孤児として育ったことだった。

 里親の元を転々としたアンは、無我夢中で勉強して、そして特待生になった。

 もちろん自分が孤児ではないと分かっている。なんなら、両親共に健康だ。

 だけど、アンが大人になっても、仲の良い親子をじっと意味ありげな目で見つめるたび、ああ、わたしの中にアンがいる、そう思うのだった。

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