第一章『夏休みまであとすこし』 ⑨
「そういえば言ってたこれ、観るやろ」
隆がリュックからビニール袋を出して渡してきた。
「あ、ありがとう。うれしい」
さっそくビニール袋から取り出す。海外ドラマのDVDが数枚入っている。
「いつまで? 期限」
「あと四日かな、いけるやろ?」
「うん、いけるいける」
「俺もあっという間に観たからな。次のシーズンもめちゃくちゃおもろいで」
「うそ、早く観たい」
数枚のいちばん手前を手に取る。それは医療ドラマで、隆がいつも観てから、貸してくれるのだった。
中学で隆と仲良くなったのも、この海外ドラマがきっかけだった。
深夜放送でやっていたドラマを、誰に怒られるでもなく観ていた時期を思い出す。その頃にはもう、両親はよく喧嘩していて、その罪悪感もあってか何時まで起きていようが咎められることはなかった。中学でも仲の良い友達はいたけれど、それは今でいう可絵や、隆との関係とは違っていた気がする。なんていうのは、後付けだけど。なにがきっかけだったか、前の席だった隆が「俺も、そのドラマ観てるで」と言ったとき、大袈裟ではなくずっと閉じていた世界が静かに開かれた気がした。
「まさかあぁなるとはなー」
「あかん!いわんといて!」
隆の声を遮ってわたしは言った。
「キャサリンがさー」
「もう、あかんってば!」
隆の肩をグーで攻撃する。
「分かった、分かったってば」
横を数人の生徒が通り過ぎていった。ふだん気にし過ぎの自分でも、コソコソなにか言われていたのは間違いなかった。
「もう、なんか言われてたやん」
「言われたら、あかんのけ?」
「別に、っていうか、早く観たい。ありがとう。すぐ返すから」
「おー。観たらすぐ教えろよ、じゃあな」
そう言って隆は前を歩いて行く。怪我をしているから、早いスピードではないのに、どんどん隆が遠くなる。いきなり静まり返った空気に、なんだかすべてから置いてけぼりをくらったようだった。
家に着き、鍵を回したのに、閉まってしまったドア。また閉めるのを忘れていた、とため息をつく。
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