第一章『夏休みまであとすこし』 ⑧


 可絵がいなくなって帰る道は、車の音や、小学生のランドセルが走るたびカタコト鳴る音がしているのに、静かに思えた。

 さっき可絵は、心ここに在らずの私を呼び戻すように顔の前で手を振ったけれど、未だその思いを振り払うことができないでいた。

 先日、芳恵ちゃんとの個別面談では、進路はよく分からないと言ったばかりだった。「よく分からないかぁ。うんうん。そりゃ、簡単じゃないよな。最近はまだ、ご家族とは話してない?」俯くわたしの顔を覗き込むように聞いた芳恵ちゃん。その顔はちっとも笑っていなくて、無理もない、わたしたちは高校三年生なのだ。それにしても家族と話していないなんて、わたしいつ言ったかなぁ、でも、芳恵ちゃんがそう言うなら、口から漏れたんだろうな。返事をするでもなく、ただそんなことを考えていたっけ。

「おい、恋」

 とつぜん肩を叩かれて、飛び上がる。

「ちょっと、びっくりしたやん」

 後ろからにょきっと現れたのは隆だった。

「あれ、部活は?」

「これこれ、この間言ったやろ」

 そう言って隆は自分のつま先を指差した。

「あ、そうやった、ごめん」

「俺の話、まったく聞いてないやろ」

 隆は前髪をぽりぽり掻きながら笑う。

「そんなことないって」

「そんなことない、ことないやろ」

 背の高い隆がわたしの横を歩くと、自分が子どものように思えた。

「隆、また背、のびた?」

「え、そうかなぁ」

 そういえば隆は、この前、怪我をしたと言っていたな。大したことないと言っていたから、数日経ったら治る擦り傷くらいのものかと思っていた。改めて隆のつま先を眺める。右足だけ、健康サンダルを履いている。

「靴下の中、どうなってるん?」

 言われてみれば、引きずっているようにも見える右足を見つめて言った。

「中は、指んとこだけギプス。キャプテンから雑用やれって言われたけど、合間見て抜け出してきた」

「いいの、そんなことして」

「さぁ、恋は? いつも一緒の子はおらんの」

「うん。もうバイバイしたから。バイト行った」

「へぇ。双子みたいにひっついてるよな、お前ら」

「お前って、えらそうに」笑っている隆の肩をバシッとたたいて言った。

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