第一章『夏休みまであとすこし』 ⑥


「よいしょー」

 先にガレージの車止めに座った可絵。二人でファミレスのガレージに来ている。

「よいしょー、って言ったらおばさんらしいで」

 わたしも隣に腰掛ける。

「そうなん? じゃあうち、もう200歳やわ。よいしょーって毎日言うてるもん。っていうか恋、なんでこんなところに葉っぱつけてるん?」

 可絵の手がわたしのおでこを撫でた。

「いつ付いたんやろう」

 可絵に渡された葉っぱを手にして言った。

 一つの車止めに二人で座っているから、今にも落っこちそうだし、それに一ミリもないわたしと可絵との距離。それなのに可絵がわたしのほうにもたれかかってくるから、バランスを取るようにもたれ返す。

 夕方の始まりの太陽がガレージのほうにものびる。そしてわたしたちの影をつくる。この影を、わたしたちのことなど、まったく知らない、興味もない人が見たら、どんなふうに映るだろう--。親友? 親子? 恋人?

「恋、最近も、家、誰も帰ってこんの?」

 可絵が聞いた。

 さっきコンビニで買った板チョコを折って、半分わたしにくれる。

「うん、たまーに帰ってくるけど、そういえば昨日の夜中、音がしてた」

「どっち? おかん? おとん?」

「分からん、おかんかなぁ」

 そう適当に返しながら、“おかん”なんてふだん使わないので可笑しかった。

 可絵が聞いているのは、わたしの家の事情だった。


 具体的に「いつ」からだったか--。喧嘩の始まりなんて、きっと何月何日、などと決められるわけじゃない。

 じゃあわたしが何歳頃か、季節はいつか、あたたかい頃? 汗だくの頃? それとも、凍えそうな頃? 記憶を辿ってみるけど、様々なシーンが頭の中を駆け巡るだけでよけいに混乱した。

 それくらい、両親が笑い合っているところを思い出すほうが難しかった。

 そしていつしか、どちらかが出て行くようになった。かと思えば大荷物を抱えて帰ってくるのだった。「恋、こんなふうに混乱させてごめんな。また、元通りになるよう、二人とも、頑張るから」そんなふうに抱きつかれて、しばらくは別人のように話しかけてきた父親。

 もちろん、そんな状態は続かなかった。

 さっき可絵に「おかん」と適当に返したのは、文字通りおかんのほうが出て行ったような気配がしたから。家出をすると、毎日気遣いのメールを送ってくる母親。けれど最近はそのメールもない。いや、ないのではなく、誰も支払いをしないので止まってしまっている。ただのおもちゃと化したスマホは、今日もわたしのポケットに余分な重さを加えている。

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