第一章『夏休みまであとすこし』 ②


「また終わったらロッカー入れといてな」

「うん、ちゃんと返すし」

 隆の寝ている背中に言って教室を出る。この間も可絵に貸したのだけど、可絵は家に持って帰ったまま、どこにいったか分からないと言って、返すのが遅れたのだった。隆は「兄貴のがあるから、ええよ」と言って怒らなかったけど、説明が面倒で可絵に貸しているとは言わなかったので、ズボラな性格だと思われているだろう。


「はい、次は終わったらすぐ恋に渡してや」

 そう言ってわたしは可絵に緑のジャージを渡す。

「ありがとう! 隆にお礼言っといてな」

「隆に借りてたの、知ってたん」

「隆、さんきゅー!」

 となりの教室に向かって、可絵は叫ぶ。

「聞こえてないやろ」

 わたしは笑った。窓から見下ろすと、ほかのみんなはさっさと着替えてグラウンドを歩いている。「恋、はよ!」「はよーって、可絵の借りに行ってたんやろ」そう愚痴るけれど、ほんとうはそのせいじゃなくて、着替えるのが遅いのはわたしのほうだった。可絵は恥ずかしがるそぶりなく、着ていた制服を脱ぎ捨てて、ボサボサだった髪をひとつに結んでいた。そんな可絵のほうをそっと伺う。細っこい、ゴツゴツした箒みたいな体のわたしと違い、背が高くて、腰まである癖毛のロングヘアーはまるでコテで巻いたかのようで、健康的で丸みを帯びた姿は、ジャージなのになぜか決まっている。同い年なのになぜこうも違うのかと、体育の前は憂鬱だった。男子は別の授業で移動しているし、教室にはもう可絵しかいないのに、まるで犯罪でも犯したかのようにそろそろと着替えた。制服を畳んで、ロッカーに入れる。

「ごめん、お待たせ」

「あ、うん、ええよ。ちょっとメール返してる。はい、終わった」

 可絵はスマホをカバンに投げ入れた。

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