スマホいらずnoテレパシー頼り
渡貫とゐち
テレパシー頼り
全体的な値上がりで、色々な分野から不要なものを削除しようという動きが活発になっていった。スマホの中の不要なアプリを消して容量を増やそう、と言ったことと同じ考え方だ。
電気・水道プランの見直し、使っていないものはすんなりと辞める思い切りの良さ。
多くのサブスクリプションを登録している者は、滅多に使わないサイトを解約するなどだ。
そうして絶対に必要なものだけを残していった――
すると、意外といらないものが多いことに気づき始める。
最低限でいい……そうして削除された中には、通話やメッセージも含まれる。
なので、スマホに連絡機能がないことが主流になっていった……それはなぜか。
人類が新たに手に入れたのは、【テレパシー】だったからだ。
コツさえ掴めば、自転車に乗れるように、簡単にできる。
そして一度でもコツを掴んでしまえば、できなくなることがない――、
できなくなる方が難しいだろう。
口では説明しにくいやり方だけど、体が覚えてしまえば『思った』時には既に行動しているくらいには、自然とそれができてしまっている。
頭の中に、テレパシーでメッセージが届いた。
目を瞑れば浮かび上がってくる文字……
『帰りに牛乳を買ってきて』という母親からのおつかいのお願いだ。
『りょうかーい』と返信をする。
通話ではなくメッセージなので、相手の頭の中に、声を置いてくるイメージだ。
こうして意思疎通ができるのであれば、わざわざお金を払ってスマホで通話しているのがバカらしくなってくる。
どうしてこんな力が? と誰もが思ったが、結局、専門家が調べても解明はできなかった。
それでもテレパシーは使えるし、人が使えば慣れてくるので、精度も上がってくる。
スマホを追い抜いて主流になっているのだ――
スマホでの通話が廃れるのも当然か(動画視聴などでまだ需要はある)。
理由は分からないけれど、使える特別な力。
使える内は、その恩恵を存分に受け取っておくべきだ。
『あかねー、明日の待ち合わせ場所は駅前でいいよね?』
『うん、持ち物は水着と――お弁当はいる?
それとも……お昼はあっちで買ったりする?』
『だねー。ちょっと高いかもしれないけど、向こうで食べるからこそ美味しいし。
味じゃないんだよね、環境とかテンションで、誤魔化されてる気がするけど、それがいいんだもん。騙されるために食べてるようなものだよ』
『お祭りの焼きそばとか、そうだよね』
『いや、焼きそばはどこで食べたって美味いし』
『それ、れなが焼きそば好きなだけじゃん』
明日は友人と海にいく予定だ。
高校生の『あかね』は、スマホで動画視聴をしながら、テレパシーで友人の『れな』と会話していた。当然、通信料はかからない。
……もしかしたら体力を使っているのかもしれないけど、今のところ、病気になったりした人がいるわけでもないし……。
仮にいたところで、因果関係があるとも言えない。
使えるものは使っておこう、という考えだ。
声は出さない。
だから周りの目が気になることもない……今は部屋に一人だけど。
部屋の前を母親が通りかかった時、危ない子だと思われないのは良かった。
脳内で思うだけで、相手に届く――、誤爆をしないためのやり方はある。
あるけど……説明するのは躊躇われるような内容だ。
……それでも言うなら、お尻の穴の開け閉めの力の入れ具合、と言えばいいのだろうか……。
なので思ったことがそのまま相手に伝わる誤爆が起こることは少ない。
『……明日、楽しみだね。
れなも、楽しみ過ぎて眠れない、なんてことはないようにね』
『楽しみだけど、そこまで子供じゃないよ。でも、うん、気を付ける。
あー、海か、久しぶり……懐かしいなあ。海は、人が多そうだからね――あ、はぐれた時に待ち合わせるための場所を決めておいた方がいいと思うよ』
『テレパシーがあるんだから、平気じゃない?』
『それもそっか。前はスマホを持って海に入れなかったから……――そっか、こういうところで便利なんだね、テレパシーって』
『これがない生活なんて、もう考えられないかも』
なくなればいいだなんて、絶対に思わない確信があった。
そして翌日、快晴――海水浴日和だった。
当然、夏休みなので人も多い。だけどあかねは安心していた。
テレパシーがあるから、はぐれた『れな』ともすぐに合流できるのだと――しかし、
「え?」
騒音だった。
耳に聞こえてくる周囲の喧噪と同じくらいの情報量が、頭の中に流れ込んでくる。
知らない人からのメッセージ、複数人の通話が聞こえてくる。間違って他人のリモート会議に入ってしまったかのような居心地の悪さ……だけど相手は気づいていない様子だ。
自分がおかしいのかと思えば、周りでも、多くの人が戸惑っている。
溢れんばかりの情報量と気温の高さで、倒れている人が続出している……
あかねも例外ではない。
水を飲んでも飲んでも、不快感は拭えない。
「あかね!」
「れな……?」
人混みの中から、奇跡的にあかねを見つけた『れな』が駆け寄ってくる。
倒れかけていたあかねを支え、背負って近くの医務室へ。
だけど、既に医務室には多くの体調不良を訴える人で埋め尽くされており……
れなの背中に乗るあかねは、青い顔でがまんするしかなかった。
「順番にっ、救急車を呼びますので――」
「あかね、もうちょっとだから、がんばって!!」
「こ、混線、してるの……?」
テレパシー……、これまでそういう機会がなかったので気づかなかったが、人混みで使えば、近くのテレパシーを拾ってしまったり、送られたメッセージが、途中にいたあかねに置かれてしまうこともあるだろう。
未知の分野だ、予測不能なことが起きてもおかしくはない。
多量の情報がまとめて頭の中に叩き込まれれば、気分は悪くなる。
「うえ」
「ちょっと! 吐かないでよ!?」
「うぅ……まだ、頭の中に流れてくる……」
電源をオフにできないのが、テレパシーのきついところだった。
もしも、スマホだったら――
考え出したら、どっちにも利点があって、欠点があるのだ。
片方に頼るから、こうなる。
やはり二つを同時に使ってこそ、万全でいられるのだ。
「スマホに戻したい……」
切実な願いだった。
昨日の自分に言い聞かせたい一言である。
―― 完 ――
スマホいらずnoテレパシー頼り 渡貫とゐち @josho
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