第9話【〝護衛〟が欲しい】

「ではその条件を私たちが呑めば〝この話し〟を引き受けてくれるということでしょうか?」フォーエンツオランさんは訊いてきた。

 普通はそういったところだけど、わたしの〝条件〟はもっと厳しい。

「必ずしもそういうわけではありません」とわたしが答えると、「あなた、」と横から奥さんがひと言だけ声をかけた。まぁ不穏なものを感じられても仕方ない。


 たぶん、〝足下を見る〟とでも思われているのか。でも生憎あいにくこっちは〝金銭的なるもの〟には興味は無いんだけどね。


 フォーエンツオランさんは奥さんをなだめるように手で制すとわたしの方を向いた。

「ではその条件を私たちが呑み、役所絵里さん、あなたが納得すれば〝この話し〟を引き受けてくれるということでしょうか?」


「そうです」


 こっちから条件を出して、その上で〝納得するかしないか決める〟なんてかなりの高飛車なんだけど、こっちに来ると決めたなら元の世界を棄てることになる。これくらいいいよね。


 それくらい厳しい条件を、わたしは出すつもりだ。


「率直に言って、この家にはどこか未来に不穏なものを感じます」

「否定はしません」

「こんなところで〝独り〟ではいずれ心がどうにかなってしまいそうです」

「私たち二人がいますが、」

「でもわたしよりも〝年上〟です」

「なるほど、歳近く、そして支えてくれる者が要ると、こういうことですね」


「その通りです。同世代が好ましいですね」でもここはもっと思いっきりハードルを上げておくから。

「——支えてくれるというのは〝頼りになる〟ということ。護衛が務まるくらいに。だけど女の子であること。頼りになるってのはもちろんある程度頭も良くないと頼りにはなりません。腕っぷしだけでもダメです。あっ、そうだ。あとは見栄え。わたしと同じくらいでないと」


 フォーエンツオランさんは唖然としたような顔をしていた。

「役所絵里さん、『顔』は関係ありますか?」

「大いにあります。ヘンにコンプレックス持たれるのも面倒です」

「こんぷれっくす?」

 あれ? 『コンプレックス』は異世界じゃ意味通じないのかな。

「わたしに勝手に劣等感持たれて被害者意識を持たれても困るということです。だから容姿で悩まなくても済むくらいの〝見栄え〟は押さえておきたいんです」


「ふーむ、」と思案を始めるフォーエンツオランさん。


「無理ならばしかたありません」

「その〝しかたない〟は『承諾』という意味ではないね?」

「当然です。該当者がいないのならわたしを元の世界に帰していただきたく思います」


 いくら家庭環境に多少問題があっても『破滅フラグ』が立っているような家の跡取りなんてたまったもんじゃない。だいいち他人だし。


「女の子で腕に覚えがある、という条件なら合致する者はいそうな気がする」フォーエンツオランさんは独り言のように言った。


 え? そんなのいるの? 女の子は腕っぷしが無いのが普通なのに。


「しかし頭が良くて、役所絵里さんくらいの顔となると——」

「待ってください! そういう人がいるなら会うだけ会ってみたいと思ってます」

「〝女の子で腕に覚えがある〟だけでいいのかい?」

「あくまで会うだけです。会って気に入るかどうかは会ってみないと」

 しかしフォーエンツオランさんは僅かに眉間にしわを寄せ、

「役所絵里さん、その際は一つだけ約束をお願いしたい」

「はい、」

「あなたはその人物に、あなたが我が家の血族であることを明かさないようにしてもらいたい。なにしろ〝雇う〟と決めたわけではないのだからね」

「分かりました。でもそう言うということは、雇うと決めたら別に〝伝えてもいい〟ってことですね?」

 フォーエンツオランさんは腕組みを始めてしまった。

「しかしあなたが我が血族であることをその雇った者に告げるとなると、やはり少し困るな……」

「どうしてです? わたしはわたしの傍にいてもらう人に日常的に嘘はつきたくありません」


「我が家には使用人が何十人もいるが、あなたが血族であることは誰にも告げないつもりなのですよ、それを雇って間もない者に秘密を告げるとなると——、」


「その人を〝雇う〟ということは、フォーエンツオランさん、その折りはわたしが正式にこのフォーエンツオラン家の跡取りとなることを承諾した、という意味になりますがそれでも迷いますか?」


「そうでしたね」


「でもわたしが血族だとバレるとなにがまずいのか、そこを教えてくれませんか?」

「端的に言って。仮にいつかそれを明かす日が来ようとも、いまのところは隠しておいた方がなにかと面倒ごとは避けられる」

「でも誰を連れてくるかはフォーエンツオランさんが決めるはずです。そうやって自ら選んだ人物なら、その人だけはいいでしょう?」

「あなた、」とまた奥さんが隣から。

 ここが〝思案の正念場〟とばかりに考え込む様子。しかし——

「分かりました。それは役所絵里さんの眼鏡にも同時にかなう、ということですね。それならば」と、そう口にしてくれ、かくしてわたしは同意を得た。

 

 これならことが成就するための話しが難しくなってくれる。〝〟が現実味を帯びてくる。このおかしな話しを二つ返事で〝諾〟なんてできない。この話し、潰れたら潰れたでこっちはなにも問題ない。


「分かりました。ではそれで行きましょう」とこちらもそう〝同意〟で応じた。


 〝仮承諾〟ということになるのだろうか、わたしは遂に異世界に住居を移すことに〝同意〟をしてしまった。当然元の世界はサヨナラだ。どこか人生を投げているというのか——、でも後悔は無い。

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