第5話【錬金術家の血筋】

「ではその粒をこちらに戻してくれまいか」フォーエンツオランさんはわたしに言った。


 返してしまう前にいま一度手の平の上の〝謎の粒〟へと目を落とす。謎は謎、どうしてこんなものが光を発したのか、まったくの超常現象としか言い様がない。

 これを渡されたときの真似をするように、わたしもこれを指でつまんでみた。僅かにベトつきを感じる。改めて思った。『腐った輪ゴム』の〝たとえ〟は適切だったと。


 〝謎の粒〟をつまんだまま手を伸ばす。今度はフォーエンツオランさんが両手をお椀状にしてそれを受け取った。そして、

「私の手の平の上のこの粒をよく見ていて欲しい」と、そう告げられた。

 いまその手の平に〝謎の粒〟が載っている。その粒をただじっと見つめるフォーエンツオランさん。それを見ているわたし。

 十秒も経ってない。〝謎の粒〟が黄金色に光を放ち始めた。


 わたしと同じだ——


 でもここからがわたしと違う。じきに光は輝きを失いつつも手の平の上の〝謎の粒〟から〝謎〟の部分だけが、ころりと落っこちたようになった。


 いまフォーエンツオランさんの手の平に載っているその粒は〝きん〟のように見える。自ら光は発していない。けど周りの光を取り込み鈍い反射光を放っている。

「これがなにに見えるかな?」と訊かれた。

きんのようです」と答えた。

「ではちょっと持って確かめてみて欲しい」そう言われ、先ほどと同じようにテーブルの向かいから手が伸びてきた。こっちも手を伸ばし両手を合わせお椀状にしてきんのように見える粒を受け取った。


 本物のきんを手にしたことなど無い。だから本当にこれがきんなのかどうか、よくは分からない。だけどつまんでみてハッキリしたことが一つだけある。これは間違いなく金属だ。固い。腐った輪ゴムのような弾力は無い。当然ベトつきも無い。


「同じことを妻にもやってもらおうと思う」、今度はそう言ってフォーエンツオランさんはシャーレの中にもう一つ残っていた〝謎の粒〟をつまみ、

「じゃあエリザベーテ、」と、隣へと声をかけた。


 その〝奥さんの人〟は手の平を上へ向ける。その上にそっと〝謎の粒〟は置かれた。フォーエンツオランさんのときと同じく、手の平の上の〝謎の粒〟をただじっと見つめている。


 同じことが始まった。〝謎の粒〟は黄金色に光りだし、やがて光は収まっていき、鈍い反射光を発している〝きん〟にしか見えない粒がその手の平の上にあった。奥さんは無言でその粒をフォーエンツオランさんへ手渡す。そしてすぐにわたしの方へとその手が伸びてくる。

 無意識に手を合わせお椀状にしていた。〝きん〟に見える粒がもう一つ、わたしが手でつくったお椀の中にぽとりと落っこちてきた。そのひとつを指でつまむ。やはり固い。金属だ。


 手の中に二粒の〝きん〟かもしれない、物——


「我がフォーエンツオラン家一族の〝家粋かすい能力〟は錬金術でね、役所絵里さん、その能力の片鱗があなたの中に確かにあるのはご理解戴けたかと思う」フォーエンツオランさんは言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る