第2話【我が公爵家を救ってはくれまいか?】

 フォーエンツオランさんは同意するように肯き、

「もちろん『国を救ってくれ』とは言わない。だがそれは半分くらいは当たっている」と言って大業なポーズをとってみせる。

「なにを救わせるつもりなんです?」もう猜疑心しかない。

「この家、『フォーエンツオラン公爵家』です」と、そうわたしに告げた。


 こうしゃく? 確か〝爵位〟は〔公侯伯子男〕の順に偉かったはず。でも上ふたつは両方とも読みは『こう』だ。

「一番偉い方の『こうしゃく』ですか?」と訊く。

「むろん一番偉い方の『公爵』ですよ」と返事が戻ってくる。


 〝むろん〟と来たか。でも一番偉い方なら〝権力〟ってものがあるんじゃないの? それを〝救ってくれ〟と言う以上は、わたしに〝物理的な戦いを強いる〟つもりがあるんじゃあ? そんな疑念はまだ消えない。

「こっちの世界に来るなりわたしになにか特殊能力でも備わったんですか?」今度はそう訊いた。フォーエンツオランさんは含むような笑みを浮かべた。

「あなたの言ったのはおそらく『無双転生者』のことでしょう。しかし、わたしが言う『救う』はそういう意味ではありません」

 その〝笑顔〟の意味ってば、なに?

「——役所絵里さん、あなたにはこの『フォーエンツオラン公爵家』の〝跡継ぎ〟になってもらいたい」


「はぃ?」


「驚き面食らうのも無理はない。いま一度言いましょう。あなたには『フォーエンツオラン公爵家』の〝跡継ぎ〟に——」「ちょっと待ってください、ちょっと!」


「もう〝お断り〟という結論かな? 私としては〝もっとしておきたい話し〟もあったのだが」


「こっちの方もいまの発言で訊いておきたいことがいくつかできてしまったんですけど、」


「なるほど。〝生まれてしまった疑問〟は早めに氷解させておくのも大切だ」


「わたしを『跡継ぎに』、と言いましたよね?」


「いかにも、」とフォーエンツオランさんは口にして、「エリザベーテ、」と奥さん(たぶん)に声をかけた。いままでただじっと座って視線を合わせようともしなかった、中年にしてはやけにきれいな女の人の声を初めて聞いた。

「わたしどもには〝実子〟がいません」と。


 『実子』、と言ったからにはやっぱり奥さんか。声もキレイ——だけど重い……


 〝異世界〟と聞いて、ここがどこか間の抜けた空想的な世界だと思っていたけど、この女の人の、たったこれだけの〝ことば〟で、急に此処に現実感を感じる。


「わたしを養女にして婿を取る、じゃないんですよね?」そうわたしは確認をとろうとしたが、奥さんの方ではなく、フォーエンツオランが〝その問い〟を引き取った。

「それだったら最初から『男』を養子にしますよ」

 確かにそれはそうか。

「わたしが、いえ、わたしに〝爵位〟を名乗らせる、ってことですか?」

 フォーエンツオランさんは肯いた。

「〝跡継ぎ〟とはむろんそういうことになる」


 女伯爵……いいえ、女公爵か。そんなのあったっけ? でも女でもかまわないのなら価値観としては意外とこの世界は進歩的なのかも。でも——


「なぜわたしなんです? もっと〝近い人〟がいなかったんですか?」

 そう言うとまたもフォーエンツオランさんの顔には含んだような笑みが浮かんでいる。

「図らずもなぜあなたが選ばれたのか、たった今あなたがその〝答え〟を言いましたよ」


 まさか……

「わたしが、近い?……」

「その通り。我が家系に一番近い血筋を持つ者、それがあなたです、役所絵里さん」

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