あなたは悪役令嬢になれますか? 〜エリタス・フォーエンツオラン、無双転生者を下僕(しもべ)にする?〜
齋藤 龍彦
第1話【異世界への招待状を受け取らされた少女】
「初めまして、
これまで見たこともないような広い広いテーブルを挟んでの真っ正面、目の前の、どこか軽く、そして少しなれなれしい中年男性が実に自然に接してくる。よどみのない日本語で。それがかなり不自然だ。名乗る名前からして隠すつもりも無いようだけど、日本人じゃない。
でも喋る言語は別にして、〝貴族〟を自称するだけあって、着ている服、立ち居振る舞いが決して下品ではない。だから顔はどちらかというと整っている方だけど『イケオジ』なんていう〝表現〟は少し違うように思える。
そうした〝自称貴族〟に迫真の真実味を与えているのがいまわたしが居る〝ここ〟。
この部屋自体はベルサイユ宮殿のように装飾過多とは言えないけど、無駄に広く天井は高く床にはワイン色の絨毯が敷き詰められている。装飾の方に凝っているのは調度品の方だ。テーブル、そしていまわたしが座っている椅子など、どれもこれも複雑で細かい装飾が施されている。このまるで舞台装置のような部屋が目の前の中年男性の全てに相当な説得力を与えている。しかし——
「これは誘拐ではないんですか?」と率直にそう訊いた。わたしはこんなところに来る同意なんてしてない。昨日ふつうに自分の部屋のベッドで寝て、朝起きたらまったく見知らぬ部屋の見知らぬベッドで寝ていたのだから。だけどそのベッドも部屋も、わたしの使っている部屋よりも格段に立派だったのは少し腹が立った。
「確かに、同意を得ていない、という意味では『誘拐』とも言える」
やけに〝あっさりと〟言ったな。そして犯罪を認めるかのような発言をした割には朗らかすぎる顔。でもその隣に座る〝奥さん〟と見える女性は顔を僅かにしかめた。
「しかし、『同意はしない』と、役所絵里さんが決めたなら、元の世界へと戻ることもできる。ただし入眠していただくことが必要だがね」
なぜにフルネームで呼ぶかな?
「わたしはここから帰ることができるんですか?」確認のためにそう訊いた。
「むろんだ。あなたが希望さえすればね。ただその前に少し、いや、少しじゃないな、私と話しをしてもらいたいのだが」
どこまで信じていいんだろう? まあいい。『帰れる』というのなら。それに少なくとも〝ここまでは〟だけど、わたしは危害を加えられてはいない。
「それなら帰る前に〝お話し〟だけは聞いておきたいと思います」と一部迎合した。
「うん、何でも〝訊いて〟くれ給え」
意味が違う。こっちは『聞く』つもりだったのに『訊く』話しになっている。でもこれもまあいい。訊きたいこともいくつかあるから。
「ここが貴族のお屋敷らしいというのは、説得力はあるとは思います。だけどここ、どこの世界の貴族のお屋敷ですか?」
「うん、異世界だな」
「……」
「という〝答え〟では呆れるばかりだろう。しかしあなたの視点では間違った答えじゃない。ここはあなたから見れば異世界、『ナアロゥプ』という名の王国だ」
いや、聞いてさえも呆れた名前……
「ん? どうしたのかな?」
フォーエン……ツオランさんとか言ったかな、その人に訊き返された。
「……いえ。それでこの『なあろぅぷ』っていう国になにか問題でも?」
「問題の無い国など存在はしないが」との返事。
「訊き方が悪かったですね。この国に〝危機が訪れている〟とかそういうことは? 例えば隣国と国境紛争を抱えているとか?」
人を勝手に異世界に連れてくるとか、どうせ『我が国を救う救世主になってくれ』とかいうパターンとみていい。『ジャンヌ・ダルク』はそれで悲惨な目に遭ったんだから。
「ま、〝危機〟と言えば危機、〝危機じゃない〟と言えば危機じゃない」
「なんですか? そのどっちつかずの〝答え〟は」そう言うと、ここでフォーエンツオランはポンと手を叩き、
「このやり方は著しく非効率的だったようだ」と口にした。叩いた手をテーブルの上で組み、ずいと身を乗り出してきた。
「しばらくはガマンして〝私たちの事情〟を聞いていてはくれまいか?」そんなことを言ってきた。
わたしは最初から〝聞く〟つもりだったけどね。でも一方的に呼び出しておいて一方的に話しを聞け、か……これも都合のいいお話しよね。もちろんわたしじゃなくあなたたちにとって。
「ご納得いただけないかな?」、とフォーエンツオランさんが念を押すように訊いてきた。
「あとひとつだけ訊いておきたいことがあります。それにお答えいただけたら、あなた方のお話しを聞きましょう」
「なるほど、了承しました」
「わたしに『この国を救ってくれ』とか、そういう要求はしないでしょうね?」そう訊いた。それを言ったら即座に断るつもりだ。わたしに〝曖昧戦略〟は通じないんだから。
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