8 共犯
蓮が体育館に行くと、そこにはまだ体操服姿の流奈と紗奈がいた。
「まだ着替えてないのか」
「う、うん」
蓮は紗奈を警戒していた。
いつもより挙動不審な流奈より一歩下がったところで立つ紗奈。普段とは違う、張り詰めた目線を微笑で隠すようにしている。
「ねぇ、春里くん、その胸ポケットの機械、こっちに頂戴?」
紗奈がそこから言った。見えないように仕舞われていた機械の存在を、この薄暗い空間で見抜いたのだ。蓮は電源を切って紗奈に渡す。
「中学生なのに、ずいぶん用意周到だね……」
紗奈が驚いたようにいう。
「そんなことしなくても、変なことはしないから!」
紗奈は流奈を背中をポンと押してまた一歩下がる。
「……あの、蓮くん。今日のリレーすごくかっこよかったっていうか、その、私、入学したときから好きでした!付き合ってください!」
「ぶっっ?!」
隠れて聞いていた千宝が驚いて吹く。
「……ごめん、無理だな」
「ふえっ?」
蓮はそのあと半時間ほど、主に紗奈と言い合って帰ってきた。主には
「なんでよ!」
「なんでもだ」
の繰り返しだったが。
紗奈は流奈を寮に送るために蓮たちイツメンと別れたが、その去り際に「信じらんない」と低く吐いた。それは、紗奈のなかの怒りが漏れたような、低く腹にのしかかるような声だった。
「お疲れカンパーイ!!」
体育祭終わりの午後六時、陽葵は陽波とともにカラオケに居た。
千宝と凛に半ば強制的に連れられたカラオケ。夕食になるようなものもあるし、少し暗いが本くらいなら読める空間だからまあいいか。
凛は陽波を心配してくれていた。たぶん、陽波のもつ自閉症……今風に言えばASDの特性一つに、聴覚に代表される感覚過敏があることを知っているからだろう。
ただこれにも個人差たるものがあるらしく、陽波の場合感覚過敏は歯がしみることだけなのでカラオケにきても問題ない。これは凛に伝えておいた。
「消した
千切れた背中も合わせたらまだ戦えて
二つの羽に進化する
透き通る
瞳に灯るのは虹だけでいいの
光と
二つの心が
この道の彼方へ
ワクワク アシタキラメク
声よあなたに届け―」
クラスメイトがかわるがわる歌う中、陽葵は陽波を見ながら考えていた。
この春から夏にかけて、陽葵の人付き合いはゼロから一気に増えた。陽波と接する時間は変わらずとも、その質が下がっている気がするのだ。
もやもやした気持ちを拭いきれないままお開きとなり、そのまま家に帰って寝る用意をしはじめた。
陽波を寝かしつけながら、陽葵は同じこと考える。転入してから二ヶ月間、陽葵は陽波と思い出を作れていない。
陽波が好きだった電車のおもちゃを選びにいくことも、川沿いや公園でピクニックをすることもできていない。
陽波が眠ったのを確認して戸締まりをした陽葵はそっと布団を抜け出しダイニングテーブル兼勉強机になっている大きめの机に手帳をぶちまけた。
中間試験は一〇月半ば。音楽祭はその後。
しばらくは予定のない土日がつづく。明日、陽波を遊びに誘おう。
陽波が楽しく生きるためには、一番近い人である陽葵が楽しまなくてはいけないのだ。
陽葵は二人が楽しむためのお出かけの計画を立て始めた。
翌日。
いつもと変わらない時間に起きた陽葵は顔を洗い、朝食を食べ、学校の準備をした。陽波の準備と朝食を済ませるには自分のことと並行していたら忙しすぎて死ぬ。だから陽葵は自分の時間を捨ててでも陽波を守るために生活すると決めていた。
学校へ行き、授業が終わると、蓮から紗奈と流奈について話をされた。
何を話したいかは想像できたし、たぶんもう千宝や佑歌にも伝わっている。
先日蓮が流奈を振ったことを盾にして紗奈は何かしてくるかもしれない。ただ、それはされる前にこっちからどうにかできることではない。
ならば目の前にある楽しみを優先してもバチは当たらないはずだ。
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