7 バーテックス

「流奈は二組のメンバーでバーテックスになろうとはしていない」


 その言葉に、さほど重みはなかった。ただ淡々と、事実として語られた。

「つまり、流奈ちゃんはウチたちを裏切って、自分だけ優位に立とうとしてるってこと?!」

「そんなことしてなんの利益があるの」

「いや、利益ならある」

 陽葵の疑問に凛が反応した。


 水原中高でのクラス分けは、成績順だ。一組から、成績の良い順に八クラスある。そして、学年の途中でも申請を出して認証されれば上のクラスと交換という形で上ることができるらしい。

 流奈は、二組を壊したうえで、他クラスに編入してそのクラスでバーテックスを目指すという企てをおこしているみたいだった。


「何が……」

「わからない。ただ、流奈は一年二組の何かが気に食わないみたい」

 凛が千宝の質問を早押しクイズみたいな速度で切り返す。

 

 陽葵は考えすぎだと思った。

 蓮と凛が提供した証拠は、クラスメイトの特徴……とくに弱点や過去についてまとめられたメモと、そのメモを拾った生徒が聞いたというクラスへの不満。

 証拠不十分になりそうなもんだが、誰もそこに触れない。


 「流奈の目的が本当にバーテックスになることだとしたら、あいつは実行する」

 蓮はそういって立ち上がり、佑歌に耳打ちをした。そして佑歌は蓮に

「誰だ?」

 と訊く。


 「二組六番、小幡紗奈おばたさなだ」

 蓮の口から出た名は小幡紗奈。

 流奈と同じくクラスの女子の仕切り役で、流奈よりも男子からの人気が高い。明るくフレンドリーな性格で、ある意味千宝にも似ている。

 確かに、物が落ちていたら片っ端から拾って持ち主に届けて回りそうだ。


 それだけ聞いて部屋を出て行った佑歌を、陽葵は何故か追いかけていた。


「どうしたの。一色くん」

「佑歌でいい。や、凛からの指示で、紗奈にこのことを問い詰めて来いって」


 佑歌はすたすたと渡り廊下を抜け、紗奈が委員会をしているという図書室に向かった。ノックをして紗奈を呼び出す。


「何かな?一色くん」

 紗奈は柔らかな笑顔で出迎えた。

「おまえこの前、愛西流奈の生徒手帳拾ったそうだな」


 本当にこの学校の人間は前置きが無い。尋問っぽいし背が高いためか威圧感すらも感じる。


 「何で本人じゃなく名前を伏せてまで先生に渡した」

 紗奈は流奈本人ではなく担任の奈津子に拾ったそれを渡し、自分が拾ったこと を言わないよう約束させたらしい。さっき佑歌にきいた。


「うふふ。そーゆーこと。私、流奈ちゃんに嫌われてるみたいでさ。これ以上嫌われたくないし、むしろ仲良くなりたいからって言ったら、理由になるかな?」

「じゅうぶんだ」

「体育祭、頑張ろうねっ!」


 話し終えた佑歌は紗奈を軽くあしらって図書室を後にした。

 陽葵は扉を閉めるとき、紗奈がなにか低く呟いた気がした。


 紗奈にはどことない怖さがある。

 女子女子した会話や声とは裏腹な影というか、目の奥に宿るオーラ。それが陽葵の印象だった。


 翌日。

 ダンスの振り付けが決まり、練習が始まる。くる日もくる日も練習が続き、気温が少し下がった頃、水原中高の体育祭が始まった。


 吹奏楽部による軽やかなファンファーレが鳴り響くと、生徒がグラウンドの中央に集まる。 号令と開会式を終え、体育委員と保健委員がグラウンドの準備を始めた。BGMにはV6の曲が流れている。開会式の行進で消えた白線の引き直しや均しを中心に整備をする。その中には、保健委員である紗奈もいた。


 そのあとの競技もトラブルなく進み、競技の度にグラウンドで仕事をする紗奈にも不審な点は現れない。十一時半から五〇分の昼休憩が始まり、陽葵と千宝、凛は弁当を持って蓮に指定された場所まで行った。


 中等部と初等部の寮の間にある自然保護区域、池や森を再現した場所。主に理科の授業や自由研究でしか生徒は使わないらしい。


「え、ちょっとアンタどこ連れてく気?」

 ぶつぶつ文句を言う千宝を無視しながらグングン進む蓮に陽葵はただついていくしかなかった。


自然保護区は広大で涼しく、まさに森。木漏れ日が揺れ、葉のざわざわが心地よい音を奏でる。

 すると大きな桜の木を回ったところで蓮が木の上を指さした。

 そこにあったのは、枝分かれした太い枝の上に建てられたツリーハウス。

「登って」

 蓮ははしごをかけてそそくさと登っていく。


 なんの抵抗もなくついていく凛を見て顔を見合わせた千宝と陽葵は弁当を口にくわえて渋々はしごに手をかけた。急で古臭い丹塗りのはしご。羅生門の下人になった気分。そういえば彼と陽葵の年齢は近い。


「こんなとこで何するの」

「も〜寮で食えよ〜」

 文句しか言わない陽葵と千宝を目力で黙らせた蓮はスマホの画面を二人に向けた。


「昨晩届いたメールだ」


 差出人はインクブスという女。

 インクブスはラテン語で悪夢を意味する。発信元が特定できない様にされて送られてきている。


 ―体育祭の後、体育館裏に来い。


「これ、もしかして流奈ちゃんだっていうんじゃないでしょうね」

「お前の思った通りだ」


 そういって蓮は小型カメラとCCレコーダー、それとつながるタブレットを凛に渡す。どっから出した。

「俺にも武道の心得があるから、多少暴力をふるわれても大丈夫だ。ただ、もし変なことになったらこれで助けに来い」

「行くつもりなの?」

 千宝の心配そうな声を、平坦に跳ね返す蓮。

「危ないよ、やめときゃー!第一、大人とか先生とか……そういう危険かもしれないしさ……!」

 もっともな意見だ。

 だってこのインクブスが流奈である確証はないのだから。


 それでも陽葵は蓮を心配はしなかった。

 元々そんな性格じゃないし、蓮ならクラスのブレイカー相手でも大丈夫な気がする。


 昼休憩終了まで一〇分のアナウンスが流れ、蓮はツリーハウスから飛び降りた。


 午後の競技一発目は一年二組によるダンス。

 軽快な音楽に乗って踊る陽葵たちと、ヴォーカルの樹莉。

 陽葵も汗を照らしながら踊る。頼みこんでポジションを陽波の席の近くにしてもらって正解だった。


「お兄ちゃん、すごいねぇ。きれいだねぇ」

 由子は陽波を見守りつつ陽葵のダンスに釘付けになっていた。この暑い中、これだけ踊れるその若い力にもそうだし、なにより、あの子にもこんな楽しそうな顔ができるんだと思った。陽波のことでしか笑ったり泣いたりしなかった、あの陽葵でも。


 数刻後。

 それも無事に終わり、片づけを終えた陽葵たちは、機械を制服に仕込んで体育館裏に向かう蓮を尾行した。


 なんとも静かな直接対決だ。

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