6 デジタルデバイド

 一週間が過ぎ、九月も半ばになった頃。

 陸翔と樹莉の曲が完成したらしく、そろそろ振り付けを決めなければならない。


 凜はCDデッキを持ってきて陸翔に「CDある?」と訊く。すると陸翔は

「ごめん。CDはもう主 力じゃないから作ってない。今から焼こっか?」

 と言ってパソコンをロッカーから出してきた。


 この学校では、学校から配布されている学習用タブレットの他に各自の携帯やパソコンを持ってき ていいことになっている。


 陸翔は隣に居た樹莉に作業を任せた。

「先生に空のCD貰ってくるから立ち上げてWindowsMediaPlayer開いて音声データを書き込みってところまでドラッグしといて」

 と言って教室を出て行って数分後。戻ってきた陸翔が声を上げた。


「え?まだ終わってないん??」


 陸翔が居なかった間、樹莉は何も進めていなかった。

 が、凛を含め教室に居た全員が樹莉がパソコンの前を離れなかったのを見ていた。


「そもそもそのウィンドウなんとかがわかんないもん」

 樹莉は唇を尖らせる。家でパソコンを弄ることは少ない。時々の調べものと、小説投稿サイトへのアクセス。ファイルやデータを弄る方法は知らなかった。


「ええ〜なにそれそんなこともできない?それくらいできたほうがいいよ」

 陸翔がパソコンをいじりながらぶつぶつ言っていると、樹莉がだんだん萎縮していく。


 それを見ていた陽葵は無意識に樹莉と陸翔の間に首を突っ込んでいた。


「人には得手不得手があるでしょ」

陽葵は少し怒っていた。

「いやでも、事実やろ。パソコンできたほうがいいだろ」

「中学生の時点でそこまでできなくていい。僕もできないけど、生活には困らない」

 パソコンや機械いじりは大人になってから学んでも十分じゅうぶん間に合うと陽葵は知っていた。


 今、政府のデジタル化方針により一〇代の間でもデジタルデバイドが起きているらしい。

 デジタルデバイドは、インターネットなどの情報通信機器を使えるか使えないかによって生じる格差。

 主に年齢層の高い者と若い者の間で起こるものだが、電子機器の使用機会や環境によって同じ年代・地域で起こることもある、情報格差、社会問題の一つ。


 水原中高でも対策されてきた、学年間、学級間デジタルデバイド。 しかしその多くの場合が把握されていない状況だろう。


「まあまあ。落ち着いて。今はCDを……」

 凜が言うと、陸翔がぶつぶつ言いながらCDに音声データを焼き付けた。

 凜は出来たCDをデッキに入れ、音量を最大にして再生ボタンを押す。


 曲名は「Hfdcpホフドップ」。明るい曲調と不思議な歌詞で前へ進むことへの不安と喜びを表現する。

 高等部へ進学する三年生や、卒業して大学入試や専門学校の入試を受ける高等部三年生にも向けた歌。曲名は英語の頭文字を並べた造語らしい。


 ヴォーカルは樹莉で、伴奏などは機械で合成したもの。

 曲が流れ始め、短いイントロの後、樹莉の声が流れる。

 いつもより高い声。樹莉が音楽の授業でソプラノに居るのはこういう事かと陽葵は妙に納得した。


―僕が向かう先に何がってそこで何が起こるだとか

―わからない そんなこと知っていたはずだ

―僕らは未来を恐れていない

―この果てしない迷路も光る何かを追いかける通り道

―そう思えばいい


「いいね!」

 曲が終わると、いつの間にか教室に居た奈津子が叫んだ。蓮以外が驚きで一度跳ねる。

 しかしまだ安心はできない。この後ダンスの振り付けを考えクラス全員で息を合わせて踊れるようにならなくてはいけないからだ。

 その間の体育祭の競技練習と通常授業もこなしながら。


 今回の学活の時間はあと五分。これ以上は十分な結果が得られないと判断したらしい凛が終わりの号令をして帰りの準備をするよ うに指示した。


「おい。ちょっと顔貸せ」

 陽葵が帰ろうとしていると、珍しく蓮が声をかけてきた。

「話があるけど、ここじゃまずい。後で俺の寮に来てくれ」

 蓮は感情で声色や表情が陽葵と同じく一切不変。だから陽葵には深刻なのかそうでないのかは分からなかったが、陽波を迎えに行くことを優先するかを天秤にかけた。その結果、蓮たちも一応これから先陽波と付き合いがある面々だと判断して行くことにした。

 その判断を、また自分の変化と捉える。


 集められていたのは、凛と蓮、佑歌と陽葵、千宝。

 このメンバーは最近情報共有と陽波関係のことでよく集まる。


「この体育祭、次の音楽祭で二組を崩壊させようとしている人物がいる」

蓮が急に神妙な顔をして言う。


 蓮が言うには、体育祭及び音楽祭、二学期にある大きな行事の中でクラスの結束を何らかの形と目的で壊そうとする生徒が居るらしい。


「そんなありがちなラノベみたいな展開……」

「真実は小説より奇なり、よ」

 陽葵のつっこみに、千宝が真面目に返す。

「……誰が?」


「二組一番、愛西流奈あいさいるな

 流奈。二組女子の中でもグループの中心的存在で、目立つことが得意な女生徒。

 陽葵とは正反対の性格の持ち主であり、クラスのまとめ役としても存在感がある。

 ただ、かなり奇妙な行動を取ることがあるらしく、陽葵が転入する前には学園の敷地内で三週間行方をくらましたという。


「うそ……。流奈ちゃんはそんなことしないよ!」

「昨日、流奈の生徒手帳を拾った人が言ってたんだ。陽葵を含むクラス全員の特徴、長所、弱点、 噂、成績に身長体重まで丁寧にメモされた紙が挟んであったって。写真もある」


 そう言って凛はスマホの画面を千宝に向けた。


「何のために?」

 陽葵が訊くと、蓮がパソコンの画面を開いた。そこには水原中高のホームページ。

「なんこれ」

「とにかく読め」


 どうやらこの学校には自主的なものを除き、退学・停学というシステムがないらしい。あくまでも 生徒の自主性を重んじ、ペナルティがない状態でのモチベーション維持力を高めるための方針。 しかし、上り詰められないわけではない。

 初等部、中等部、高等部のトップ、生徒会から直々に指名されたクラス「バーテックス」という、クラスの全生徒が優良生として認められる仕組みがある。そして、バーテックスは生徒会への申し出で会議を行い結果次第では代わることが出来るみたいだった。


 その為に流奈はクラスの生徒を知ろうとしている……というのが蓮の解釈だった。もう一つ情報が入ってくるまでは。


 バーテックスに選ばれると、その期間の学費や寮生活でかかる費用、スクールバス費用の一部が免除もしくは全額免除という特待生と同じ待遇を受けられる。成績によっては、参加が不要と思われる授業の参加義務さえも免除される。


「それって、流奈すごくいい動きをしてくれてるんじゃない?」

 凛が首をふる。

「いや。流奈は二組のメンバーでバーテックスになろうとはしていない」

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