5 体育祭
「今週から来月末の体育祭にむけて準備が始まりまぁす。体操服など忘れない様に……」
月曜日。
担任・
「先生どうしたんですか……?」
「気にしないで……ただの二日酔い……うう」
そこで力尽きる。
陽葵は奈津子ではなく室長の凛から配られたプリントに目を通した。
この学校、水原中高には体育の実技試験がないが、それはこの体育祭にすべて集約されているからだ。競技やダンスを通して審査をする形をとっており、体育の授業でやったスポーツと創作ダンスというプログラムで進行されると記されている。
陽葵たち一年の競技は陸上。リレーとハードル、障害物競走。
「陽葵運動得意?」
「可もなく不可もなく」
「すげ」
凛が遠い席から訊くものだから、答えるのにも声を張らなくちゃいけない。面倒くさい。
三限目、体育。
競技練習を始めている生徒たちの傍らで陽葵は五〇メートル走を測っていた。途中入学の陽葵は春先にあった体力テストを受けていないからだ。
陽葵としては走ることは嫌いだが、苦手ではない。
陽波が小さい頃は自転車の後ろに乗せて前には買い物の荷物を載せて爆走したものだ。お陰で街の細さのわりに力はある。
小さい子供を後ろに乗せてママチャリをかっ飛ばす親の脚力と同じ仕組みで力を付けた陽奏の五〇メートル走の記録は九秒びったり。
「じゃあ軽く走るぞー」
体育の先生が言う。運動部の生徒は勿論、このクラスには文化部でも運動の才能がある生徒が割といる。
ただ、男女混合でこの日差し、しかも運動。その状況をよく思わない生徒もいるだろう。
「おいお前らちゃんとやれよ〜」
「はあ?あんたに言われたくないし筆記試験赤点ギリギリボーイに〜!」
「今はカンケーねーだろ!」
「テストが基本の試験なんです〜馬鹿」
「馬鹿っていうほうが馬鹿なんだろうが!」
「はいアホいただきましたぁ」
なんというか、すでに仲良しグループがあるからこそ、衝突もあるといった感じ。思春期の少年少女の特徴と言えばそうだが、クラスで団結することはこれから必要だ。
五時間目、学活。
陽葵たち二組が担当するのは昼休憩後の出し物。
陽葵が転校してくるより前にダンスをすることは決まったらしいが、それ以上のことは未定だという。
ダンスと言えば、この学校にはダンス部がない。何か理由があるのだろうが、根掘り葉掘り聞くこともない。
「土岐原くんはさー、ダンスとか経験ない?」
「ありません」
「早っ」
即刻話をぶった切った陽葵を千宝がくすくすと笑う。
それから一時間、出した案が盛り上がっては却下、盛り上がっては却下という状態が続いた。
「ダメだわ!!このままでは体育祭に間に合わない!この
「なんて言ってるんですか?」
二日酔いと焦りで馬鹿になった様子の奈津子。
「あの。僕でよければ曲くらい作りましょうか?」
その時、細めの声がしてざわついていた教室が一気に静まり返る。
声の主は
確か陸上部員でゴリゴリのスポコン。
曲を作れる感じはしないが、口ぶりからしてその場しのぎの発言ではなく自分の才を知っていてのことだろうと感じ取れた。
「じゃあウチ、歌詞書く!」
さらに後ろから
樹莉は陽葵が少し不思議に思っている人物。
普段は女子と居ることが多く、一人称も見た目も女子。だが制服はズボン。陽葵が来てからずっと 体育が男女混合だから男子か女子かいまいちわからない。どっちかなんて大差ない問題だが、陽葵は生活環境上ハッキリしたい性分だった。
樹莉は美術部員で、既にウェブ上でそこそこ人気の小説家。 自身の作品がネットアニメになった時に主題歌制作を担当したという噂もある。
音楽の成績もよく、一緒にカラオケに行ったという千宝が九六点を叩き出したと助け舟。
「じゃあ曲は二人に任せた。音楽の
「りょーかーい!」
教卓に立って皆をまとめていた凛が「曲選び」の箇条書きに「済」と赤いチョークで書く。 結局二時間かけて曲しか決まらなかった。
六時間目が終わり、帰りのホームルームを終える。
陽葵は宿題だった数学のプリントをファイルに挟んでいつも使っている安物のリュックより少し
特別棟に行って陽波を引き取りスクールバスに乗って家まで帰る。 この日常にも慣れてきた。
陽葵は最近よく笑うようになってきたと思う。
生活面での余裕、精神面での余裕、その中に生まれた新たな楽しみ。
学校で体力を使うことで夜もよく眠れる。 水原中高に入るまで、友情なんて好きこのんでそうしている奴が理解できなかった。
でも、友情とか言う以前に人付き合いの楽しさを知らずに生きてこれたのは、陽波がいたからこそだろう彼を守らないといけなくて、その他に割ける余裕がなかったから。
人付き合いしなければしないでもいいが、してもいい。
陽葵の場合、避けてきたのはたぶんもったいなかった。
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