4 寮

 土曜。

 虹組で陽波を預かってくれるとのことで、陽葵は生徒手帳に挟んでおいた校内地図を見ながら田舎者ムーヴで寮に歩く。なぜ来たかはまだわからなかった。転校してからハイな状態になっているのかもしれない。


 水原中高生徒寮は、特別棟と森林区域を挟んで敷地の両端にある。北側が女子、南側が男子。風水的に良いとかなんとか。

 一階にそれぞれあるフリールームは予約を取れば一人から五〇人まで使える。男子寮フリールームを目指した陽葵は靴を履き替えて部屋に入った。


 一年二組で貸し切ったフリールームには、千宝と三人の男子生徒。


「遅いよ陽葵!」

「なぜラストネーム」

「いいぢゃんべつに」

 陽葵がカーペットに座ると、千宝が自己紹介を始める。

 陽葵が少し警戒していた男子三人は同じクラスで陽葵に興味を持っているらしい。


「こちらが一色佑歌いっしきゆうかくん。親御さんが他校の特別支援学級で働いていて、前々から陽波くんの良き理解者っつーか、なんか知識が凄みざわ」


 千宝の喋り方もだが、この佑歌の背が気になる。ただでさえでかい千宝を超す長身で、目線が合わない。座高すら違う。

 目立たないというか、話しかけにくい。本人にその意はないだろうが威圧感がどうしても出てしまっていてゴニョゴニョ……。


「こっちは春里凛はるさとりんくん。隣は春里蓮はるさとれんくん。双子なのよ。お互いに長所と短所をカバーしながら学活や陽波くん関連の仕事をやってくれているの。率先していろいろできるしなんだかんだ言って仲もいいし。ウチ一人っ子だからちょっとうらやましいな」


 少し身長差のある双子だしあまり顔も似ていないが髪色や車元が少し似ている気もしないでもない。人脈が広そうで明らかにとっつきやすい凛と、ちょっと寄せ付けないけど何でもできてしまう蓮。 双子というよりビジネスパートナーと言われても納得できる性格の組み合わせ。  


 陽葵もクラスでは言わなかったいろいろを半ば強制的に自己紹介とした。


 話していて陽葵が理解したのは、取り敢えず陽波がお世話になっているという事、そして陽波と仲が良く、その流れで陽葵とも仲良くなりたいという事。

 陽波関連でついでに仲良くなろうとしているように思えた。


 それは別にいいと思う。

 陽波と関わりを持っている人間のことは知っておいて損はないし人脈を広げておけば何か得があるかもしれない。


 ただ、誰かと仲がいいからついでに、という考えで仲良くなったりするのが嫌だとか、雑に扱われたと感じる人も多いのではないか。

 共同生活をする中で人間関係というのは大切で、持つ持たない以前に慎重になるべき。


 常に相手を傷つけない様に且つ顔色をうかがいすぎない程度の言葉選びというか気遣い。 頭の中に浮かんだ言葉を選び取り紡ぐ。一つ一つを吟味するというより、感覚的にそういうことが 出来ると誰も傷付けることなく生きることが出来る。


 ―自分にはまだできないが―、ここでこうして学べてもいいかと思っておいた。


「お腹空いたねぇ」

 陽葵の悪い癖"超深層思考フカクカンガエガチ"とともに遊んでいた凛がジェンガを倒した音が消えたとき、千宝が急に言った。

 時計の針はほぼ正午。


「何か作るか」

 陽葵は得意の棒読みで訊きながら立ち上がり、備え付けられているキッチンへ向かう。

 冷蔵庫には水とお茶。横の棚にはお菓子が置いてあった。


「ちょっと待っていて」

 陽葵は寮を出て、校内を進む。

 後ろから人の気配がして振り向いたら、いつの間にか、凛がついてきていた。

「どこ行くん?」

「ボウスダイニング」

 校内の畑や近隣で採れたものの"味は変わらないが売り物にはならない"訳あり商品を無償かそれに近い価格で配る施設。学校関係者以外でも誰でも使うことができ、陽葵も先日から使いに使いまくっている。


 陽葵はそこから傷を取り除いたら妙なサイズになってしまったキャベツとヒビが入ってしまった卵、なぜここにあるのかよくわからない豚肉を取って部屋に戻る。


 キッチンの棚に入っていたフライパンを軽く洗ってから材料をぶち込み、お好み焼き。一人一枚と考えて、五枚。

 盛り付けにこだわりがない陽炎は乱雑にマヨネーズとお好みソース、青のりをかけ大皿にのせてパケツリレー方式でテーブルに運んだ。


「そういえば、今日のこれ僕がいる必要あった?」

 食事中、陽葵が訊くと千宝が

「親睦を深めるためのレクリエーション」

 と真っ先に答えた。


 しかし陽葵には、陽波のついでというだけでここまで距離を近くする必要が感じられない。 本当に陽波のためというのであればいざというときに話しかけられる関係でいいはず。


「そっけないなあ。そりゃアンタあたしらが単純に仲良くなりたいだけだわさ」

 千宝が開き直り、その場にいた全員がうなずく。


 周りの人間に何を言われても断り、初めに千宝が話しかけたときもすぐに追っ払った陽死の様子を見ていて、普通に接し続けたら遊びに行くのに卒業までかかることは容易に想像できた。

 だから、陽波をある意味おとりに使ったということ。


「もっ勿論、陽波君のためでもあるけど、ね!」

「全く。陽波を悪用したら許さないから」

「しないよそんなこと〜」


 それでも悪い気はしなかった。

 これまで陽波と家を保っていくために必死だったが、案外陽葵はこのお人好しな空気に流されているのかもしれない。

 人間関係とか言うものを持つのも悪くはない気がする。


 はじめ、誘われたときに嫌だと言おうとしたのは気のせい。

 

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