第109話 「たすけて」って聞こえたんだよ②

「そうだね、楓」

 弘樹は楓の頭を優しく撫でた。


「そう言えば、楓。何か声が聞こえるって言っていなかったか?」

 ルーが言い、「そうなの!」と楓は答えた。

「声? どんな?」

 彩香が珍しく真剣な顔をして訊いた。


「んーとね、《はじまりの草原》の方から聞こえた、と思ったの。『たすけて』って。何度か聞こえたよ。それで、あたし、あっちにはルーの生まれた家があるなあって思って。そうしたら、どうしてもルーの家に、人狼の里に行かなくちゃいけない気持ちになったんだ」

「……なるほどね」

 彩香は何かを考えている様子だった。


「彩香?」

「弘樹くん。前にさ、あたしたちはこの世界に呼ばれたんだよって言ったの、覚えてる?」

「もちろん、覚えてるよ。理由は分からないっていう話でもあった」

「そう。理由は分からないって思ってた。でも」

 彩香はそこで言葉を切って、楓を見つめた。

 楓はほんとうにあたしそっくり。

 彩香はにっこりとした。


「ママ?」

「あのね、楓が聞いたのは、このアルニタスの世界の声じゃないかなあって思うんだ」

「世界の?」

「そう」

「じゃあ、アルニタスがあたしに『たすけて』って言ったの?」

「そうじゃないかな? だって、楓が人狼の里に行こうと思ったのは、その声のせいでもあるんでしょう?」

「うん」

「それで、すごくいいタイミングで行ったんじゃない?」

「うん、そう言われた。人狼の里でも問題になっていて、ドラゴンの里でも問題になっていて、ちょうど、どうしようか考えているときだったみたい」

「そうよね」

「あ! 思い出した!」

「何を?」

「あたしね、『よろしくね』っていう声も聞いたよ。えーと、大事な話が終わったあとくらいに」

「そう。よろしくって言われたのね」


 彩香はそこで、弘樹の方を見た。

「弘樹くん、よろしく、だって!」

 彩香はにかっと笑った。

「彩香はアルニタスをたすけたいの?」

「うん! あたし、アルニタスがずっと平和だといいなって思ってる!」

「もちろん、僕もそう思っているよ。……僕、アルニタスが好きだ」


「あたしも、好き!」

 楓が元気よく言った。

「じゃあ、決まりね!」

 彩香はそう言うと、楓をぎゅうっと抱き締めた。それから、透も抱き締め、弘樹には軽くキスをした。

「あ、あ、彩香っ」

 弘樹が真っ赤になって慌てていると、「だって、あたしたち夫婦だもんっ」と彩香は片目をつぶった。

「まあ、それはそうだけど、でもなんていうか恥ずかしいというか」

 弘樹は顔を赤くしたまま、ぶつぶつ呟いていた。


「あ、ところで、透は『声』、聞いたことある?」

 彩香は弘樹のことは放っておいて、透に質問をした。

「ないよ」

「ふうん。あたしと弘樹くんの子どもだけど、楓には聞こえて、透には聞こえないのね。なるほど」 

 彩香は一人で何やら納得して頷いていた。

「楓は楓だし、透は透だよ。性格も違うし、それぞれいいところがある」

 顔が赤いまま、弘樹が言う。

「ほんとうにそうよね!」

 彩香はにっこりとした。


 するとルーが「カエデの方が、アルニタスと強く繋がっているのかもしれないね」と言った。

「カエデには魔力はないけれど、アルニタスの世界に愛された子どもっていう感じがするのよね」

 彩香はそう応え、それから思いを巡らせた。

 楓に魔力はない。

 だけど、ドラゴンともペガサスとも自由に話すことが出来、《迷いの森》で迷わない。もしかして、魔力以上の力なのかもしれない。

 楓には、人間とドラゴン、ペガサスの区別はないみたい。

 みな同じアルニタスに生きる者として対峙している。

 ……なかなか出来ることじゃない。


 彩香は楓を見た。

 楓はえへへと笑う。

 あたしそっくりだけど、でも楓は楓だ。

 彩香は透を見てルーを見て、それから弘樹を見た。

 弘樹は彩香と目が合うと、こっくりと頷いた。


「じゃあ、明るく楽しく平和なアルニタスを守るってことで!」

 彩香は高らかに宣言した。

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