第104話 まずは蕎麦を食べましょう①
楓は「ただいま!」と言うと同時に、小さな白い花を彩香に見せた。
彩香は「これ、蕎麦の花!」と興奮したように言った。
「やっぱりそうだよね!」
楓は嬉しそうに笑う。
「あたし、蕎麦、食べたかったのよねえ」
「ねえ、ママ! あたしも蕎麦食べたいなっ。早く食べたい!」
「うんうん。じゃあね、またみんなで蕎麦の苗を植えて蕎麦の実を収穫しようねっ」
お米のときを思い出すなあ、と思いながら、弘樹は二人の会話を聞いていた。
「その花なら、《迷いの森》のオレの家のそばにたくさん咲いていたぞ」
ルーが言う。
「そうなんだ。じゃあ、それを時間を早めて、蕎麦の実にして収穫しようかな。えーと、でも苗をこっちにも植えたいから、まずは……」
彩香が何かぶつぶつ言うのを聞いて、ああ、明日辺りは蕎麦打ちをするのかな? と弘樹は身構えた。何しろ、この家の食事担当は弘樹なのだ。
「弘樹くん! 今から《迷いの森》に行こうよ! あたし、すぐに蕎麦、食べたい!」
ああ、これ、絶対に逆らえないやつだ、と弘樹は思う。
彩香もだけど、楓まで同じようにきらきらした目をしている……。
「パパ、あたしも蕎麦食べたい!」
「分かったよ。じゃあ、みんなで行こう」
弘樹がそう言ったとき、それまで黙っていた透が「ぼくはおうちにいる」と言った。
「透、いっしょに行こうよ! 蕎麦だよ!」
ところが透は首を横に振った。
「ううん、ぼくね、やりたいことがあるの」
「それって、この間からつくってるやつのこと?」
「うん」
「何つくっているの?」
「それはないしょ」
透はふふふと笑った。
「ねえ、一人でお留守番出来る?」
「だいじょうぶだよ」
「……分かった! じゃあ、弘樹くん、楓、ルー! あたしたちで行こう」
透は大人しい子で、楓のようにどこかに行ったりしない子だった。そこで彩香は、透はお留守番させて、「念のために結界張っておこうかな」と結界を張り、《迷いの森》のルーの家に行くことにした。
「ねえねえ、弘樹くん。そう言えばさ、楓が小さいとき、GPSつけていたよね」
「居場所探知機の、GOOD POINT SYSTEM?」
「そうそう。懐かしいね」
「うん、楓も大きくなったよね」
彩香と弘樹の会話を横で聞いていた楓が「あたし、もう大人だよ! 九歳だもん!」と胸を張った。彩香と弘樹はくすくすと笑った。
「そうだね、大きくなったね。ちゃんと人狼の里に行って来ることが出来たもんね」と弘樹は楓の頭を撫でた。
「うん! あっ」
「どうした?」
「そう言えば、大事な話があるんだった!」
楓は救いを求めるように、ルーの顔を見た。
「ああ。そうなんだよ。大事な話なんだ。ヒロキ、アヤカ」
「ん! たぶん、大まかなところは知ってる! ピンクちゃんに教えてもらったから!」
「そうなの? ママ」
「うん、ドラゴンネットワーク経由でね。だいたいのところは」
「ドラゴンネットワークってすごいなあ。ミドリちゃんがピンクちゃんに伝えたんだよね?」
「そうよ。でも、詳しくは、楓やルーの口からちゃんと聞きたいわ」
彩香はそう言うと、にっこりした。
「うん! 頑張って話す!」
「よろしい。では、まず、蕎麦の花を見に行きましょう!」
「後でいいの?」
「だって、腹が減っては戦は出来ぬって言うじゃない?」
「分かった! じゃあ、まず蕎麦食べてから!」
ピンクちゃんから彩香が聞いた話を、弘樹は彩香から聞いていた。だから、楓とルーが帰って来たら、まずは真面目な話し合いが始まるのかと思っていた。
でも。
弘樹は思う。
何やらすごく楽しそうだ。
彩香と楓は期待でわくわくした顔をしながら、スキップするように歩いていた。
「ねえ、《迷いの森》まで、ピンクちゃんたちに乗って行かない? あたしはペガくんに乗るけど」
楓と前を歩いていた彩香は振り返って言った。
「うん、そうしよう。その方が早く行けるしね。彩香、酔い止め、持ってるの?」
彩香はふふふと笑うと、指でOKのマークをつくった。
「じゃ、急ごう! 早く蕎麦食べたいから!」
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