第100話 不穏な気配がするんだ③

 ルーヴ・ルプスはそこで言葉を切って、ミドリちゃんを見上げた。

 ミドリちゃんは真剣な顔をして、ルーヴ・ルプスを見て、それから楓の顔を見てから話し始めた。


『あたしは現ドラゴン王のひ孫、ミドリです。《最果ての村》で、カエデちゃんやルーたちと暮らしています。』

 ミドリちゃんはここで一度お辞儀をした。

『ドラゴンはドラゴンネットワークで繋がっていて、色々な情報を共有しています。今回、ニンゲンの不穏な動きがある、という情報があり、あたしは直接ドラゴン王に会いに行きました。そこでの話は、おおむね、ルーヴ・ルプスさんが話してくれたものと同じです。東の大陸から、ニンゲンが上陸しているようなのです。ドラゴンの里はざわついています』


「ざわつく?」

 楓が口を挟んだ。

 ミドリちゃんは深く頷くと、『そう。かつて、ドラゴンを捕らえて売りさばこうということがあったそうなの』と重々しい口調で言った。

「……移動手段としても、兵器としても、ドラゴンは有効だからな。たとえ長生きしなくても」

 ルーヴ・ルプスが険しい顔をして言う。


 そうか。

 あたしが当たり前に接しているルーやミドリちゃんたちって、もしかしなくても人間にとっては、とても便なのかもしれない。

 楓はそう思ったら、急に怖くなった。

 ルー、ミドリちゃん。それから、ピンクちゃんもシルくんもモモちゃんもペガくんも。

 みんな、大事な家族なのに。

 楓はルーの手をぎゅっと握った。


『ドラゴンの里では警戒を強めていますが、とりあえず普通のニンゲンは《峻厳の山脈》は登って来られないので、様子見といった状況です。ただ、《峻厳の山脈》から離れないように、また、アルタニスでニンゲンと暮らすドラゴンたちは充分気をつけるように伝達しています。……もっとも、鎖で繋がれたドラゴンには思念伝達が届かないようですが』 


 そう言えば、クリスのドラゴン、ボレアスもピンクちゃんに会うまではドラゴンネットワークが分からなかったっけ、と楓は思い出していた。


「今のところ、《迷いの森》を抜けることが出来たニンゲンはいないそうだしな」

『はい』

「だけど、この先、どんなニンゲンがやってくるか分からない。もしかして《峻厳の山脈》を登り切ることが出来るかもしれないし、《迷いの森》を抜けるニンゲンがいるかもしれない。人狼の里も、目くらましの術がかけてあるから、普通のニンゲンは入ることが出来ないが、もしかして入って来れるニンゲンがいるかもしれない」

 ルーヴ・ルプスはそう言って、楓の目を見据えた。


 楓は思った。

 ママは《はじまりの草原》に現れ、そして《迷いの森》を抜けることが出来た。そして、ドラゴンのピンクちゃんと友だちになり、ペガサスのペガくんとも仲良くなった。その上、今では人狼のルーもうちにいる。ドラゴンの里に行くことも出来るし、ママにはきっと、人狼の里の目くらましは通じない。そしてあたしも、《迷いの森》で迷わないし、ドラゴン語もペガサス語も分かる。ドラゴンの里にも人狼の里にも行ける。

 ママもあたしも、人間だ。あたしやママみたいな人間が他にもいるかもしれない。――だけど。


「ルーヴ・ルプスさん、人狼のみなさん。それからミドリちゃん。ママもあたしも、《迷いの森》で迷いません。ドラゴン語もペガサス語も分かります。ドラゴンの里にも人狼の里にも行けます。だけど、ママもあたしも、みなさんの側にいます!」


 楓がそう言うと、ルーは楓の頭を撫で、そして「カエデも、ヒロキもアヤカもトオルもニンゲンです。だけど、きっとオレたちの力になってくれると思います」と、力強い声で言った。

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