第95話 ルーの生まれたところに行きたいな!②

 ばさ! という音を立てて、ミドリちゃんは大きく羽ばたいた。美しい緑の《はじまりの草原》が眼下に見えた。広い広い草原。


 楓はしみじみとした感情を噛み締めていた。

 パパとママは、この世界に初めて来たとき、ここに現れたんだっけ。

 ……不思議な場所。

 一見ただの緑の草原なんだけど、力を感じる。


「カエデ? どうかした?」

「ルー。ここ、不思議な場所だと思って」

「《はじまりの草原》が?」

「うん。なんだか、力を感じるのよ」

「そうだね。ここは、他の世界との『繋ぎ目』だから」

「『繋ぎ目』?」

「――オレの母親も、ここに現れたんだよ」

「ねえ、ルーのお母さんも日本人だったの?」

「ああ、そうだよ――」

 ルーはそう言ってから、ルーを見上げるようにして見ている楓の顔をじっと見た。

「どうしたの?」

「いや、母上も黒い髪に黒い瞳だった。カエデもそうだな、と思って」

「アルニタスで生まれたけど、あたしのルーツは日本人だもの!」


 楓は視線をルーから外し前方を見据え、ルーに思い切り寄りかかって、それから思い切ったように口を開いた。

「……あのね、ルー」

「ん?」

「あたしね、『おいで』っていう声が聞こえたの。この《はじまりの草原》の方から。場所は正確には分からなかったけれど。でも、聞こえたんだよ。でね、《はじまりの草原》の向こうには人狼の里があるなって思ったの。そうしたら、どうしても行きたくなって。……ねえ、信じてくれる?」

 楓はルーのもふもふを感じながら、ぎゅっと目を閉じた。

「――カエデの言うことなら、何でも信じるよ」

「ありがとう」

 楓はルーのもふもふをそっと触り、独り言のように小さく呟いた。

「……あの声、何だったんだろう?」


 ミドリちゃんは《はじまりの草原》を鋭く滑空し、《峻厳の山脈》がどんどん近づいてきた。

『ルー、人狼の里って、どの辺り?』

「もう少し、右かな?」

『分かった』

 ミドリちゃんはそう言って、ぐんぐんと《峻厳の山脈》に近づいて行った。

 すると、右手の方に湖が見えてきた。

「湖?」

「ああ、《麗しの湖》だ。汽水湖で、海と繫がっている」

「へえ。きれいね」

「人魚族が棲んでいるんだよ」


 遠方に見えるきらきらした湖面を、楓はじっと見た。しかし、人魚の姿は見えなかった。

「いつか人魚に会いたいなあ」

 ルーは楓の頭を撫でると「会えるさ」と応えた。

 湖は遠くなり、《峻厳の山脈》がどんどん近づいてきた。

『もしかして、あれが人狼の里?』

 遠くまで見渡せる目を持ったミドリちゃんが言った。同じく、遠くまで見渡せる目を持つルーが「そうだ」と応えた。

「ああん、あたしだけ、見えないよう」

「すぐに見えるよ。もうすぐだ!」

 


 しばらくして、楓たちは人狼の里の前に降り立った。

 自然に溶け込んだ、素朴な、でもあたたかみのある集落だった。

 楓たちが降り立つとすぐに、人狼の里から誰かが出て来た。


「おかえり。私の長男よ。カナデの息子にして、ルーヴ・ルプスの名を継ぐものよ」

 貫禄あるその人狼は、ルーと同じ青っぽい黒い毛なみで金色の瞳をしていた。

「父上――お久しぶりです」

 ルーは礼儀正しくお辞儀をした。

「ルーのお父さん? ルーヴ・ルプスって?」

 ルーは優しく楓に笑いかけると、「……ルーヴ・ルプスはオレの本当の名前だよ」と言った。



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