第96話 「ルーヴ・ルプス」を継ぐもの①

 人狼の里の族長は、代々「ルーヴ・ルプス」という名前だ。

 長男が襲名し、代々その名を引き継いでいくのである。ルーの父親は人狼の里の族長であり、「ルーヴ・ルプス」を名乗っている。したがって、その長男であるルーの本当の名前も「ルーヴ・ルプス」になるのだ。


「じゃあ、ルーは族長の座を継ぐ立場なのに、家を出ちゃったの?」

「まあ、そういうことになる」

 楓とルーは、人狼の里の主だった面々に挨拶を済まると、ルーの家に行き、ルーの家族といっしょに居間にいた。ミドリちゃんは挨拶を済ませると、ドラゴンの里へと飛び立って行ってしまっていた。


「お茶、どうぞ」

 楓とルーの前にあたたかいお茶が置かれた。

「ありがとう、リコス」

 ルーにリコスと呼ばれた人狼はにっこり笑った。リコスは赤みがかった優しい茶色の人狼で、塗れたような黒い瞳をしていた。楓の視線に気づいたルーが「リコスは、オレの義理の母だ」と言った。


「わたしは先妻のカナデさんが亡くなって、ルーヴ・ルプス・ジュニアが成人してから、嫁いだんですよ」

「こいつは、ちっとも懐かなくてなあ」

 ルーの父親、ルーヴ・ルプスはそう言って、ははははと笑った。

「成人しているのに、懐くも何もないじゃないですか」

 ルーは憮然として言う。

 ルーヴ・ルプスは笑い、リコスも笑った。それから、ルーの兄弟らしき、三人の子どもの人狼も笑った。


「ねえねえ、じゃあね、ルーの兄弟のお母さんは……リコスさん?」

 カエデは、テーブルに身を乗り出すようにして、三人の兄弟に近づいて言った。

「そうよ、よく分かったわね」

 リコスがにっこりする。

「うん、だってね、リコスさんに似ているから!」

 赤みがかった茶色の毛なみに金色の瞳の人狼が、「次男のルスラです」と頭を下げた。次に、赤みがかった茶色の毛なみで黒い瞳の人狼が「ぼく、三男のルカス。よろしくね、カエデ!」と言い、最後に青みがかった黒い毛なみで黒い瞳の人狼が「オレはルノ。末っ子なんだ」と言った。

「みんな男の子ばっかりなんだね! よろしくね!」


「もうすぐ夕ごはんだから、みんなお手伝いしてね?」

 リコスが言うと、人狼の兄弟たちは「はーい!」と言って立ち上がり、リコスの後をついていった。楓もいっしょに行こうとすると「お客様はいいのよ」とリコスに言われ、そのまま、ルーとルーヴ・ルプスといっしょに、居間に残った。


「ねえ、ルーはどうして家を出ちゃったの?」

 ルーは苦笑して「どうしてだろう?」と言った。

「義理のお母さんかもしれないけど、リコスさん、優しいし、弟くんたちもかわいいよ」

「うん、でも、あのときはそれが分からなかったんだよ」

 ルーがそう言うと、ルーヴ・ルプスが「私のせいだよ」と言った。

「ルーのお父さん……」

 ルーヴ・ルプスはさみしそうに笑うと、「私がカナデのことをずっと忘れられなかったからなんだ」と呟くように言い、それから、楓の顔を見つめ、「カエデは……カナデに似ているなあ」と言った。

「そうなの? 日本人だからじゃない?」

「……そうかもしれぬが。――名前も似ている」

 ルーヴ・ルプスは嬉しそうにくっくと笑った。


「こんな日が来ようとは」

 ルーヴ・ルプスは、ルーと楓の顔を交互に見て、そして言った。

「人狼の次期族長は、長男であり、最愛のカナデの息子でもあるルーヴ・ルプス・ジュニアに決めておった。しかし、やはり反対もあってな。――私がカナデを失った悲しみで少しおかしくなっていたこともあり、ともかく、リコスが嫁いで来ることになった。わたしにはそれを止める気力もなかった。……しかし、リコスは本当にいい女でな。私の気持ちを融かしていったのだよ。太陽のような気質で」

 ルーヴ・ルプスはそこでいったん言葉を切り、手元のお茶をひと口飲んだ。


「……思いもかけず、子どもが次々に生まれて。――幸せだった。だけど、そんな折、ルーヴ・ルプス・ジュニアは、家を出て行ってしまったんだ」

「ルー……」

 楓はルーの腕を無意識に引き寄せ、両手で抱えるようにした。

「すまない」

 ルーヴ・ルプスは頭を下げた。

「父上、頭を下げることはありません。……オレは――《迷いの森》でカエデに出逢って、幸せに暮らしていますから」

「……そうか」

「はい」

「でも、人狼の次期族長は今でもお前だと思っている」

「――そのことは、また後で話しませんか? そろそろ料理が出来たようですし」


 台所から明るい声して、同時にいいにおいが漂って来た。

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