第79話 想い出づくりは《迷いの森》へ②
《迷いの森》に入る前、彩香は言った。
「いい? 約束ごとがいくつかあるわよ。ちゃんと聞いてね」
「はい!」
みんな元気よく、返事をした。
「まず、走らない。それから、絶対に一人で行動しない。楓!」
「はい!」
「特に、楓は気をつけて。『あたし迷わないからだいじょうぶ~』じゃないのよ。今日はあなたはむしろ、他の子たちが迷わないように、ちゃんとそばについていてあげて」
「はい!」
楓は真剣な面持ちで頷いた。
「じゃ、行くわよ。弘樹くんも迷子にならないでね」
「……はい」
そう、僕は《迷いの森》は抜けられないんだよね。
僕たちは《神秘の川》を辿って、《迷いの森》へ入った。《迷いの森》に入ると《神秘の川》は《揺らぎの川》となって、普通の人間には見えなくなる。
「川が消えた!」
「ということは、《迷いの森》を自力では抜けられないから、気をつけて」
織子ちゃんも、クリストフ王子もフェルディナント様も神妙な顔で頷いた。
今回は、《揺らぎの川》をずっと沿って行って、途中で引き返してくる計画だった。
「ねえ、懐かしいわね、弘樹くん」
「そうだね。初めてここに来たときのことを、思い出すよ」
「あたしも」
彩香はふふふと笑って、「こんなふうになるなんて、びっくりよね!」と言った。ほんとうにそうだ。僕も笑顔になった。
彩香は、つどつど、植物の名を子どもたちに教えながら歩いた。ルーは植物や動物に詳しく、やはり子どもたちに様々なことを教えていた。それから、森の向こうを指して、あちらの方にはどんな植物があってどんな場所かも教えてくれた。
楓はみんなの目には見えない《揺らぎの川》の水をすくって見せたりしていた。
「クリストフ王子、《迷いの森》はどうですか?」
「豊かな森だね。《城塞都市ルミアナ》の近くの《金の森》を、ヒロキは知っている?」
「知っています」
「あの豊かな恵みがあるという《金の森》よりも、ずっと豊かな森だ。この森が《迷いの森》だなんて、なんて不思議なんだろう?」
「……そうですね」
僕は《迷いの森》をずっと遠くまで見た。
この森は本当に豊かな森だ。
そして、《はじまりの草原》の向こうの《清廉の泉》も実に美しいところだった。《峻厳の山脈》は確かに険しい山だけど、山自体が一つの要塞のようで、豊かな恵みもあった。
地図が作りたい、という彩香の気持ちがとても分かるような気がした。
僕たちは《最果ての村》に住んでいる。
でも、《最果ての村》は、アルニタスの中で、一番、《はじまりの草原》に近い。
そのことにとても深い意味があるような気がするんだ。
「ヒロキ?」
考えごとをしていたら、クリストフ王子に呼ばれた。
「ああ、すみません、少し考えごとをしていて。――織子ちゃんと離れるのはさみしいですか?」
「……でもまあ、しかたがない。オリコにはオリコの生活があるのだろう? それに、また会えると、言っただろう?」
「はい」
「だったら、だいじょうぶだ」
クリストフ王子はにっこりと笑った。諦めたわけじゃなく、希望を持った笑い。いい笑顔だな。
「クリス! 彩香ちゃんが、お弁当食べましょうって。弘樹くんも来て」
僕たちは織子ちゃんに呼ばれ、顔を見合わせて笑い、すぐに駆けつけた。
少し開けた場所で、僕たちはサンドイッチを食べた。
BLTサンド、卵サンド、野菜サンド、チーズサンドなどなど、いろいろな種類のサンドイッチを作って持って来ていた。サンドイッチは織子ちゃんといっしょに作ったんだ。
「あのね、あたしが作ったのは卵サンドなの。クリス、食べて!」
クリストフ王子は織子ちゃんが勧めたサンドイッチに手を伸ばした。
「おいしい?」
「うん、おいしいよ」
織子ちゃんは嬉しそうに笑った。
「かえでも、たまごのたべる!」
「ぼくはBLTサンドっていうのをたべてみたいな」
僕たちはとても楽しくおいしく、《迷いの森》の中でお弁当を食べた。
《迷いの森》は迷いさえしなければ、とても豊かで美しい森だ。そして、とても不思議な森。
境界の役割なんだよ、とジョアナさんが言っていた。
なんて美しい境界なのだろう?
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